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2,3月号2024.12.27発売

片岡仁左衛門×坂東玉三郎 奇跡の「国宝コンビ」のすべて

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Fashion&きもの

2023.10.31

古代インドの神と人間の物語を歌舞伎に。尾上菊之助が語る、あの時あの舞台の“こしらえ”

歌舞伎では、衣裳や鬘(かつら)、小道具を身に着けた役の扮装を「拵え(こしらえ)」と言います。役により印象がガラリと変わり、様々な表情をみせる歌舞伎俳優の皆さんに思い出の拵え、気分がアガる衣裳、そのエピソードを伺います。第5回は、『極付印度伝(きわめつきいんどでん )マハーバーラタ戦記』に出演される尾上菊之助(おのえきくのすけ)さんです。

五代目 尾上菊之助(おのえ きくのすけ)さん

屋号は音羽屋。父は七代目尾上菊五郎、祖父は七代目尾上梅幸。1984年2月『絵本牛若丸』の牛若丸で六代目尾上丑之助を名乗り初舞台。1996年5月『弁天娘女男白浪』の弁天小僧菊之助ほかで五代目尾上菊之助を襲名。女方、舞踊、世話物から時代物まで立役の大役も勤める。『風の谷のナウシカ』や『ファイナルファンタジーX』の歌舞伎化など新作にも意欲的に取り組んでいる。NHK大河ドラマ『葵 徳川三代』『西郷どん』、連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』など映像作品にも出演。

親子三世代の白拍子花子

菊之助さんがご紹介くださったのは、女方舞踊の大曲『京鹿子娘道成寺(きょうがのこ むすめどうじょうじ。以下、娘道成寺)』白拍子花子(しらびょうし はなこ)の思い出です。

「曾祖父の六代目(尾上)菊五郎が得意とした舞踊です。祖父(七世尾上梅幸)に伝わったものを、父(尾上菊五郎)、私が教わりました。大事にしてる演目です」

安珍・清姫伝説で知られる道成寺に白拍子花子が現れて、鐘供養のために踊りを披露します。金冠(きんかん。金色の烏帽子)をかぶった拵えの厳かな舞いで始まり、曲調や衣裳、小道具を替えながら、女性の恋心を様々に踊りわけます。

2023年7月大阪松竹座『京鹿子娘道成寺』白拍子花子=尾上菊之助

「私が初めて、あの赤い着物に金冠の拵えをさせていただいたのは、『娘道成寺』ではなく『京鹿子娘三人道成寺』の時でした。祖父が親子3人で道成寺を踊りたい、と作った舞踊です。『三人道成寺』でも、金冠のところはほとんど『娘道成寺』のまま踊ります」

1992年11月、歌舞伎座で上演。菊之助さんは当時中学3年生(15歳)でした。

1992年11月歌舞伎座『京鹿子娘三人道成寺』左より、白拍子音羽=六代目尾上丑之助(現 尾上菊之助)、白拍子花子=七世尾上梅幸、白拍子桜子=尾上菊五郎

「祖父や父が大事にしてきた踊りを、自分も踊らせていただけることに興奮しつつ、25日間踊りきれるか不安もありました。衣裳の重みに負けそうになってしまったんです。赤い衣裳は“かぶせ”といい、腰の位置で上下に分かれます。この後の引き抜き(一瞬で衣裳をかえる演出、その仕掛け)のために、着物の上にさらに1枚かぶせた状態なんです。私はまだ中学生で体もできていませんでしたから、緊張や力みもあったかもしれません。今では体もだいぶできてきましたから、重さを気にすることなく、役の心情、曲、詞章の意味をお客さんにお伝えすることを考えて踊らせていただいています」

“体ができる”とは、身長や体重の成長だけのことではないようです。

「スポーツで使う筋力とも別のものに思えます。私が目標とする父や岳父(中村吉右衛門)など、先人たちが舞台に立つと、情、情念など力強く滲み出てくるものがあります。忠義を果たさなければならない武士の役。恋人のために命を散らしていく女性の役。どのような役でも、その人になりきるべく心情を汲んで研究し、ひと月の舞台に立ちます。何年もやり重ねることで、年々厚くなるものがあるはず。歌舞伎役者としての体は、筋力や技術といったこと以上に、芝居の筋肉、役者の胆力でできあがるものなのかもしれません」

2023年7月大阪松竹座『京鹿子娘道成寺』白拍子花子=尾上菊之助

歌舞伎で魅せる古代インドの物語

11月は『マハーバーラタ戦記』に出演します。題材となる『マハーバーラタ』は、古代インドの神話的叙事詩です。2017年に、菊之助さん主演の新作歌舞伎として初演されました。6年ぶり、待望の再演です。

「初めてご覧になる方は、豪華な衣裳にまず驚かれることと思います。神様の衣裳はインドの古典舞踊の1つ、カタカリに着想を得てデザインされたものです。そして金色の、いわゆるキンキラキンなんです(笑)。初演の時は、歌舞伎の舞台でこの衣裳は成立するのだろうか、という思いが一瞬よぎりました。しかし、いざ父をはじめ皆さんと、あの衣裳で歌舞伎座の舞台に立ってみたところ予想以上にマッチしました。そこに古典歌舞伎では使われることのなかった楽器による、オリエンタルな音楽が流れます」

2017年10月歌舞伎座『極付印度伝 マハーバーラタ戦記』迦楼奈=尾上菊之助。衣裳の鎧は、再演に向けて3Dカメラで全身を撮影して調整。歌舞伎の衣裳と組み合わせて仕上げるのだそう。

菊之助さんが演じるのは、主人公の迦楼奈(かるな)です。
迦楼奈は、日の神である太陽神と人間の汲手姫(くんていひめ)の間に産まれた子ですが、本当の親を知らずに育ちます。そして血のつながりのある者同士の争いに巻き込まれていきます。

「序幕で、神様たちは『人間界ではいつまでも争いが続いている。世界をすべて一度リセットしてしまおうか』と話し合いをします。しかし太陽神は、息子の迦楼奈の手で、慈愛によって世界を救わせることを提案します。さらに軍神の帝釈天は、息子の阿龍樹雷(あるじゅら)に、力によって世界を治めさせようとします。人間に試練を与え、どう乗り越えていくのか。神様たちも、いわば賭けをしているんです。再演においても物語の軸は変えず、迦楼奈、阿龍樹雷をはじめとした五王子、汲手姫たちの心情を深く掘り下げることで、葛藤をより明確にお見せできれば」

インド映画が大好きで「映画『RRR』は1人で観にいったのですが、あまりにも素晴らしくて女房を誘い、すぐにもう1回観にいきました」。インド映画をヒントに、初演では問答によるクイズ形式だった婿選びの場面を、今回は踊り合戦にアレンジ。新たなキャラクターとして、女性の神様ラクシュミーや、子供の象の神様ガーネーシャも登場します。再演への期待が高まります。

「原作の壮大な世界、歌舞伎の古典の様式美、それぞれのキャラクターの葛藤。目で、耳で、楽しんでいただき、心で感じていただけるエンターテインメント性の高いお芝居にしたいです」

脚本は青木豪さん、演出は宮城聰さん。歌舞伎ファンならずとも注目の舞台です。

2017年10月歌舞伎座『極付印度伝 マハーバーラタ戦記』シヴァ神=尾上菊之助。

守破離を巡り、さらなる高みへ

女方の大役、舞踊の大曲、立役としても世話物から時代物まで、数々の大役をつとめています。それと並行して菊之助さんは、スタジオジブリ『風の谷のナウシカ』やRPGゲーム『ファイナルファンタジーX(以下FFX)』など、歌舞伎の枠を超えて話題となる新作歌舞伎を手掛けています。新作歌舞伎の題材は、どのような思いで選ばれるのでしょうか。

「今の世相とあうか、後世に残る普遍性があるかは意識します。その上で私は、皆が手を携えて試練の課せられた現実を生きる姿、1人1人の生き方の選択を描く物語が好きなのかもしれません。ナウシカは最後は『生きねば』と言います。マハーバーラタの神々も『今しばらく人間に預けて様子を見てみよう』と世界を託し、人間たちは生きていきます。『FFX』では厄災がとり祓われ、これからは私たちの時代だと皆で生きていきます。その時、時々でいいから、過去に成し遂げてきた人や、試練を一緒に乗り越えた方々のことを思い出してください、という言葉が刺さり、物語に惚れて歌舞伎にさせていただきました。『マハーバーラタ戦記』の迦楼奈は、太陽神の言葉を受け、防戦一方で武力を使わないことが平和への道だと考えていました。しかし帝釈天から与えられた試練によって目を覚まし、慈愛をも超えた生き方に行きつきます。やはり、どう生きたのかを描いているんです」

古典歌舞伎の登場人物たちは封建時代に生まれ、物語の中で、忠義のために命を犠牲にすることが多くあります。「1人1人の生き方」は、歌舞伎の歴史においては現代的なテーマとなるのでしょうか。この問いに対し、菊之助さんは穏やかに首を横に振ります。

「古典歌舞伎でも、常に描かれてきたことです。『妹背山婦女庭訓』のお三輪は、求女(もとめ)に恋をして後を追いかけたところ、理不尽に刺されて大変悔しい思いをします。それでも恋焦がれた人のためになったのだ、と最終的に彼女は自分の生き方に納得します。だからこそ最期は崇高なものに昇華(しょうげ)する。『菅原伝授手習鑑』の松王丸も、藤原時平に仕え、自分の子供を犠牲にする判断をする。これも試練の中で松王丸がどう生きたのかを、作者はお客様に提示しているのだと思います」

「新作も古典も、向き合う気持ちは変わりません。たしかに新作には、お手本となる先人の型がありません。脚本が手に渡ると、役者の皆さんはまずそれぞれに役や芝居を作り、稽古場に集まります。私たちは自分たちの引き出しから、先人の知恵や型を使わせていただき、どうすれば役の心情が一番表現されるかをディスカッションして作り上げます。昔の歌舞伎役者たちも、きっと最初は狂言方(作家)や芯になる役者たちと一場一場を作っていたはず。それが現在の古典歌舞伎になっています。また、古典でも新作でも、未来の歌舞伎役者の方たちに磨き上げていってほしい、という思いでつとめます。古典歌舞伎は、古くから伝わる型を受け継ぐばかりだと思われがちですが、そんなことはありません。古典の脚本を読み込みやり込むことで、自然と破れていくものがあり、新しいものが生まれる。そこに歌舞伎役者の“傾(かぶ)く”があると思っています」

関連情報

歌舞伎座新開場十周年『吉例顔見世大歌舞伎』
会場:歌舞伎座
日程:2023年11月2日~11月25日(10日、20日休演)
時間:昼の部 午前11時~、夜の部 午後4時30分~

尾上菊之助さん主演の『極付印度伝マハーバーラタ戦記』は、昼の部で上演されます。

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塚田史香

ライター・フォトグラファー。好きな場所は、自宅、劇場、美術館。写真も撮ります。よく行く劇場は歌舞伎座です。
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