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2019.08.26

上杉謙信はまさに戦国最強だった! 「毘沙門天の化身」が駆けた数々の戦場とは【武将ミステリー】

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3.第四次川中島合戦は、どのような戦いだったのか?

千曲川

退路を断たれたらどうするつもりなのか

永禄4年8月14日、謙信は1万3,000の軍勢を率いて春日山城を出陣。16日には千曲川を渡って川中島の妻女山(さいじょさん)に布陣しました。妻女山は武田方の海津城の西に位置し、城を見下ろせたといいます。一方、烽火(のろし)によって謙信出陣を知った信玄は、8月18日に甲府を出陣。24日には妻女山西北の茶臼山(ちゃうすやま)、もしくは雨宮(あめのみや)に布陣しました。その数約2万。

ここで信玄が怪しんだのが、千曲川を渡った謙信の意図が読めないことでした。「退路を断たれたら、どうするつもりなのか。越後勢はたちまち死地に陥(おちい)るではないか」。おそらくそれは謙信の、今回はこれまでのような睨(にら)み合いでは済まさないという、強い意思表示であったのでしょう。信玄は警戒しつつ、29日に海津城に入城。しばらく妻女山の上杉軍、海津城の武田軍の睨み合いが続きますが、謙信は悠然としていました。

松代城跡。築城当時は海津城と呼ばれた

武田軍の奇襲の裏をかく

動く気配のない上杉軍に、武田軍が先に仕掛けます。1万2,000の別働隊を妻女山の背後から襲わせ、驚いて下山してくる上杉軍を八幡原(はちまんばら)で待ち受ける8,000の本隊で挟撃するという作戦でした。山本勘助(やまもとかんすけ)の献策による「啄木鳥(きつつき)戦法」として知られます。決行は9月9日の夜でした。

9月9日の夕刻、重陽(ちょうよう)の祝宴を終えた謙信は、海津城を望み、妙なことに気づきます。炊煙が、いつもよりも長い時間立ち上っていました。謙信は瞬時に武田方の夜襲の意図を見抜き、その裏をかく作戦に出ます。深夜、篝火(かがりび)や陣幕はそのままに、上杉軍は物音を消して妻女山を下ると、粛々と千曲川を渡り、信玄が出張ってくると思われる八幡原に向かいました。夜半から湧き出した濃霧が、上杉軍の動きを隠します。

イラスト:森 計哉

一騎討ち

やがて東天が白み、八幡原に進出した信玄ら武田軍本隊は、妻女山で起こるはずの戦いの物音を待っていました。ところが八幡原を覆う濃霧が薄れ始めるや、仰天します。目の前に無傷の上杉軍がいたからです。信玄は即座に、妻女山に向かった別働隊が来るまで、鶴翼(かくよく)の陣形で支えることを決断。支えきれば、別働隊の来援で上杉軍を挟撃できるからです。一方の謙信は、武田の別働隊が八幡原に駆けつけぬうちに、信玄を討てるかが勝負でした。そのために謙信がとったのが「車懸(くるまがか)り」の陣形とされます。ただし諸説あるものの、車懸りは陣形ではなく戦法と考えた方が正しいように思います。

一説に車懸りとは、敵の前列部隊に上杉の前列部隊が攻撃を仕掛け、敵の次列部隊に上杉の次列部隊が攻撃と、次々と攻めかかりながら敵本陣を丸裸にした後、謙信率いる本隊が敵本陣に突撃する戦法ともいわれます。いずれにせよ戦いが始まるや、上杉軍の凄まじい攻勢に武田方は押しに押され、副将格の武田信繁(たけだのぶしげ)や山本勘助が討死。乱戦の中、謙信本隊が信玄本陣に突入し、両雄は一騎討ちに及んだといわれます。謙信は自ら信玄を討ち果たさんと何度か信玄に斬りつけますが、討ち取るには至りませんでした。

イラスト:森 計哉

川中島合戦通説への疑問点

午前10時頃、武田軍の別働隊がようやく八幡原に到着。これによって戦局が逆転し、数で劣勢となった謙信は、兵を引くことになりました。勝敗は「前半は上杉の勝ち、後半は武田の勝ち」といわれますが、歴史に残る名勝負として語り継がれることになります。

以上が川中島合戦のおよその通説ですが、さまざまな疑問も指摘されています。たとえば謙信が布陣したとされる妻女山は、長期間大軍を収容するには狭く、周辺には武田方の砦(とりで)もあった。むしろより海津城に近い西条山(さいじょうさん)ではなかったか。また「啄木鳥戦法」で、武田の別働隊が上杉方に悟られずに真夜中に迂回して奇襲するのは、非現実的である。そもそも別働隊の人数が本隊より多いのもおかしい。さらに両軍合わせて死傷者は8,000の多数に及んだとされるが、これは想定外の遭遇戦により、乱戦になったためではないかなど、戦いの実態について今も研究者の間で議論が続いています。

書いた人

東京都出身。出版社に勤務。歴史雑誌の編集部に18年間在籍し、うち12年間編集長を務めた。「歴史を知ることは人間を知ること」を信条に、歴史コンテンツプロデューサーとして記事執筆、講座への登壇などを行う。著書に小和田哲男監修『東京の城めぐり』(GB)がある。ラーメンに目がなく、JBCによく出没。