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2021.03.26

ここは地上の楽園か?鷹やキツネ、希少な植物も育つ「トンボ公園」が教えてくれること【埼玉】

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「縄文と雑木林のまち、北本」連載の最終回は、地図にもガイドブックにも載っていない地上の楽園へとみなさんをご案内します。そこは地元の人々が愛し、守り続けてきた小自然。「トンボ公園」と呼ばれています。

ご近所の楽園!? 北本の「トンボ公園」へ

トンボ公園には、ブランコや滑り台はありません。あるのは昔ながらの自然だけ。雑木林と梅林、草はら。湧き水の池と小川。
自然だけ? とんでもない。住宅地のすぐ裏にこんな自然が残っているなんて、なんだか魔法にかかったような気分です。

しかも、ただ景色が美しいのではありません。
トンボ公園は今では貴重な存在となった野鳥や小動物、昆虫、そして絶滅のおそれがあるとしてレッドデータブックに載る植物たち。たくさんの命が育つビオトープ(生物の生息空間)でもあるのです。
雑木林にはタカ類が巣をつくり、草はらにキツネやノウサギがひょっこりと顔を出すことも。春から夏、秋にかけては様々な種類のチョウが花から花へとダンスをし、水辺ではトンボが勇壮なパトロール飛行をしています。

実物を見たことある? 体長10cmほどもある「昆虫の王者」オニヤンマ

トンボだけでも、おなじみアキアカネ(赤とんぼ)をはじめシオカラトンボやクロイトトンボ、日本最大のオニヤンマなど25種類も確認されているというから驚きませんか。これほど豊かな自然が人里のすぐ近くに残っているひみつは、北本市ならではの地形にあります。
トンボ公園があるのは北本市の北西、北袋の谷津(やつ)と呼ばれるエリア。谷津というのは、小高い丘陵地や台地に湧き水が浸食して刻まれた谷の湿地をいいます。

大宮台地の上に位置する北本市。北袋の谷津がある市の荒川側は大宮台地の中でも標高が高く、海抜30mほどもあります。そこに斜面から湿地、湧水(ゆうすい)の泉へと自然環境が流れるように続く谷津が刻まれ、多種多様な生物が集う楽園がうまれました。

湧水こそが谷津の中心であり、豊かな命のみなもと

開発の波にさらされ……自然はよみがえるか

けれど実は、トンボ公園は生き物たちの楽園として昔からずっと続いてきたわけではありません。
30年と少し前、そこは荒れた休耕田でした。

高台にある現在の北本市一帯では、戦前まで稲作ができる場所は荒川沿いの低地など一部のエリアに限られていました。谷津田といって、湧き水を利用できる谷津も貴重な田んぼになりました。大人が農作業をするかたわらで子どもたちはトンボを追いかけたり、水辺でオタマジャクシをすくったりして遊んだのでしょうか。
木の枝を燃料に、落ち葉を堆肥として利用した雑木林と同じように、谷津もまた「人の暮らしの近くにある自然」だったのです。

ところが昭和40年代になると、減反によって休耕田が増えはじめます。人の手が入らなくなった休耕田には、1年目にはセリが、2年目にはガマが、3年目になるとヨシが生えてくるのだそうです。田んぼとしての経済的な価値を失った谷津は、荒れた土地へと様変わりをしてしまいました。
そして高度経済成長期、東京への通勤アクセスがよい北本市はベットタウンとして栄え、市内の谷津は次々と埋め立てられて宅地や畑になっていきます。

「子どもの頃に遊んだ里山の自然が、このまま消えてしまっていいのだろうか」
危機感を持った市民有志が「北本にトンボ公園をつくる会」を立ち上げて地主から土地を借り上げ、北袋の谷津を埋め立てから守ったのが平成2年頃。
明治時代には30カ所ほどあったとされる市内の湧き水は、すでに10カ所ほどに減っていました。

「北本にトンボ公園をつくる会」は20名ほどのメンバーが中心となって休日に集まり、生い茂ったヨシを刈り、休耕田を掘り起こして池や小川を整え、谷津の要となる湿地をよみがえらせました。ほかにも古代米やソバ、大根や里芋などの作物を栽培したり、トンボの幼虫であるヤゴを食べてしまうザリガニ釣りの大会を開いたり、活動は30年近くにわたり里山の自然を守り続けます。そして現在は、近くの保育園の関係者が管理を引き継いで、子どもたちが自然の中でのびのびと遊べる貴重な場となっています。

トンボ公園は私有地のため、残念ながら一般公開はされていません

人は自然を壊すだけじゃない。トンボ公園が教えてくれること

「雑木林にタカ類が巣をつくる」と冒頭で紹介しました。
タカなどの猛禽類は食物連鎖のてっぺんにいる動物です。タカが見られるということはエサとなる小動物に困らないということで、北本市の自然がそれだけ豊かであるという一つの指標になるのです。

一方で、食物連鎖の下の方を支えるのが昆虫や植物。トンボ公園で観察してみると……?

県のチョウでもあるミドリシジミ。幼虫は湿地のハンノキを食べて育ちます。夕暮れの乱舞は幻想的な美しさ

梅雨時になるとあらわれるルリボシカミキリ。本来は山地に分布する昆虫ですが、トンボ公園にも毎年姿を見せてくれます

昆虫ではありませんが、大宮台地には分布していないはずのサワガニの記録もあるとのこと。貴重な湧水が残っている証です。
また、湿地にはレッドデータブックに記載されているノウルシ・オオミクリ・ハンゲショウ・タコノアシなどの希少な植物を見ることができます。

ノウルシ(環境省レッドリスト2020 準絶滅危惧)

オオミクリ (環境省レッドリスト2020 絶滅危惧II類)

改めて驚くのは、これほど多種多様な自然が北本駅から車で15分ほどの場所、人の暮らしのすぐ近くにあるということ。
しかも人の手を離れて荒れたところを、人がもう一度手入れをすることでよみがえった自然環境だということです。

自然破壊が叫ばれる今ですが、もしかしたら未来を豊かな自然とともに生きていくヒントは、里山にあるのかもしれません。
地元の人に愛され守られてきた小自然が、わたしたちに大切なことを教えてくれるように感じます。

現在、トンボ公園は近くの保育園の子どもたちの遊び場として管理されています

トンボ公園は私有地のため自由な立ち入りはできませんが、北本市には荒川のある西側に3つの大きな谷津が残されています。
埼玉県営の北本自然観察公園として保全されている石戸宿の谷津。
埼玉県から後世に残すべき優れた自然と指定されている「緑のトラスト保全第8号地」高尾宮岡の谷津。
もうひとつが市民の手によって守られてきたトンボ公園、北袋の谷津です。

北本自然観察公園と、高尾宮岡の谷津は誰でも訪れることができます。興味を持った方はぜひ実際に足を運んで、里山で自然観察をしてみませんか。
たくさんの命との出会いあふれる、楽しいひとときが待っているはず。

北本自然観察公園 基本情報

住所:埼玉県北本市荒井5-200
電話:048-593-2891
営業時間:9~17時(季節変動あり。要問合せ)
料金:見学無料
駐車場:あり(約100台)
公式webサイト

高尾宮岡の景観地 基本情報

住所:埼玉県北本市高尾8
電話:048-594-5547(都市計画課内)
営業時間:見学自由
料金:無料

各写真提供:磯野治司

参考資料:
雑木林のあるまち 目で見る北本の歴史(北本市)
北本のむかしといま(北本市教育委員会)
北本の動植物誌(北本市教育委員会)
きたもと紀行-歴史と自然-(きたもと文庫)
環境省レッドリスト2020

【連載 全11回】縄文と雑木林のまち、北本

自然とともに暮らすまち、埼玉県北本市。独自の縄文文化と豊かな自然を入り口に北本の暮らしの魅力を考えてみました。
第1回 都心から50分!人に一番近い自然ってなんだ?を埼玉県北本で考えた
第2回 感度の高い縄文人が集う、埼玉県北本。1万年前からずっと住みやすいまち「縄文銀座」で銀ぶらしてみた
第3回 100年に1度の大発見?関東最大級の環状集落「デーノタメ遺跡」は縄文のタイムカプセルだ!【埼玉】
第4回 縄文界に新アイドル誕生?北本土偶「きたもっちゃん(仮)」愛用の呪術アイテムも紹介!
第5回 デーノタメ遺跡で貴重な発見!なぜ北本縄文人たちは「オニグルミの土製品」を作ったのだろう?
第6回 縄文VS現代!災害リスクの低いまち、埼玉県北本市「どっちが住みやすいの?」対決
第7回 艶やかな七宝ジュエリーにドキドキ!作家・近藤健一さんが北本にアトリエを構えた理由
第8回 埼玉県北本市に、今こそ行きたい店がある。日々の小さな幸せが見つかるgallery&cafe yaichi
第9回 人も、自然を構成する一部。縄文文化の根付く埼玉県北本市に聞いた「雑木林」の今
第10回 貴重な動植物の楽園!埼玉のまほろば、北本雑木林散歩が楽しい
第11回 ここは地上の楽園か?鷹やキツネ、希少な植物も育つ「トンボ公園」が教えてくれること【埼玉】

書いた人

岩手生まれ、埼玉在住。書店アルバイト、足袋靴下メーカー営業事務、小学校の通知表ソフトのユーザー対応などを経て、Web編集&ライター業へ。趣味は茶の湯と少女マンガ、好きな言葉は「くう ねる あそぶ」。30代は子育てに身も心も捧げたが、40代はもう捧げきれないと自分自身へIターンを計画中。