平安時代末期の名歌人であり『新古今和歌集』の編纂者・藤原定家は、かつてこう詠みました。
見渡せば 花も紅葉も なかりけり 浦の苫屋の 秋の夕暮れ
見渡してみても、花も紅葉も見当たらない。浜辺の小さな小屋だけが目に映る、秋の夕暮れである——。
「あなたにとって、美しいものとは何か」という問いの答えは国や地域、文化によって千差万別ではあるものの、この一首には、日本人の美意識の根源とも言える考え方が示されています。爛漫と咲く花々や赤々と色づく紅葉、果ては金銀で飾り立てたような空間ではなく、静かに、自然の中で、周囲と豊かに調和している。それこそが美であると、定家は説きます。
京都東山から市内を一望するフォーシーズンズホテル京都は、この静謐な美学を通奏低音のように響かせつつ、いまや世界の人々を魅了してやまない現代の「KYOTO」にふさわしいモダンかつ快適な空間を現した、極めて稀なホテルだと言えるかもしれません。
一部が新装成ったフォーシーズンズホテル京都の魅力を、詳しくご紹介します。
平安貴族が愛した景色の中で
2016年にオープンしたフォーシーズンズホテル京都は、「天台三門跡」と称されてきた名門寺院・妙法院を囲むように立地するラグジュアリーホテル。2万433平方メートルにも及ぶ広大な敷地面積に計180室を擁し、そのうち57室は「ホテルレジデンス」としてレジデンスオーナーが所有するもので、オーナーの希望によりホテル客室としても提供されています。
青蓮院(東山区粟田口)、三千院(左京区大原)とともに「三門跡」と並び称される妙法院は、天台宗の中でも名門と呼ばれる寺院。門跡とは、皇子・皇族や貴族の子弟がその法統を伝えている寺院のことで、12世紀には後白河法皇が門主を務めたほか、後には豊臣秀吉が亡祖父母の菩提を弔うため、当時の日本仏教の八宗(天台、真言、浄土、日蓮などの各宗派)の僧を一堂に集めた「千僧供養」を、妙法院の経堂で行ったことが知られています。
フォーシーズンズホテル京都は、この妙法院がかつて所有していた池泉廻遊式庭園「積翠園(しゃくすいえん)」を同寺から受け継ぎ、ホテル中庭の中心に配しています。東西に長く続く1万平方メートルもの大池庭は、北面のゲストルームからはもちろん、ダイニングからも眺めることができ、東端の向こうにかすかに東山の山肌を望みながら過ごすひと時は、喧騒とは隔絶された、非日常的な空間と上質な時間を演出しています。
この「積翠園」は、位置する場所が『平家物語』の記述と合致することなどから、平清盛の長子・重盛の別邸である「小松殿」の園地として作庭されたものと伝わります。
平安時代の貴族たちは、庭園を築く上で「自然に倣う」ことを旨としました。平安人の愛した景色が、現代における世界最高峰のホテルと実に違和感なく調和しているのは、庭園に込められた美意識、自然に倣うという姿勢を損なうことなく、世界から人々が訪れるにふさわしいモダンで快適な空間と相和すよう、デザインに心が尽くされているからでしょう。
宴と炎と縁を楽しめるダイニング「エンバ・キョウト・チョップハウス」
ところで、平安の人々も現代人も変わらないのが、食への探求と饗の喜び。フォーシーズンズホテル京都では2024年4月26日、従来のダイニングを一新し、グリル料理を提供する「エンバ・キョウト・チョップハウス(EMBA KYOTO CHOPHOUSE)」(写真下)としてグランドオープンしました。
新装成ったチョップハウスには、料理長としてアルゼンチン出身のセバスチャン・バルクデス氏(写真下)を招聘。世界各国のミシュラン星付きレストランやステーキハウスなどで料理長を歴任してきたバルクデス氏は、肉の塊を炭や薪で豪快に焼き上げるアルゼンチンの伝統料理「アサード」の技術をベースにしつつ、新たな食材や調理法への探求を続けてきた有名シェフ。本場で培った技術とセンスから生み出される、芸術的とも言える炭火焼きは、各国の人々をうならせてきました。
この日はシーフードプラッターや本鮪のタルタル、国産ずわい蟹をあしらったエンバクラブケーキなどがシェアリング・アペタイザーとして並んだ後、テーブルに供されたのがカリフラワーの炭火焼き(写真下)。ミントヨーグルトと胡麻という一風変わった組み合わせのソースが、じっくり丁寧に焼き上げられたカリフラワーをさわやかかつ濃厚な味わいで彩ります。
そしてメインはサーロイン。チルド状態(約0~1℃)の冷蔵庫内で肉に風を当てて循環させながら乾燥熟成させていく技法「ドライエイジング」によって、30日間熟成させたという黒毛和牛は、鹿児島県産。バルクデス氏は日本各地の和牛を食べ比べたうえで「鹿児島県産の黒毛和牛は、脂と赤みのバランスが最も良く、ドライエイジングすることで引き出せる旨味のポテンシャルが最も高い」と話します。
エイジングの具合は毎日シェフが自ら全てチェックし、その日一番良い熟成具合のものを選んで提供しているそう。「色合いだけでなく香りなどからも、熟成の段階を確認しています」とシェフは話します。本来歯ごたえのある赤身肉は、熟成されたことで旨味が増してもっちりとやわらかく、かすかにナッツのような香ばしい香りが口の中に広がります。
同ホテルの料飲統括部長でイタリア・シチリア出身のダレッサンドロ・ジョバンニ氏は、「EMBA(エンバ)」という名前には「宴・炎・縁」の三つの意味が込められていると話します。「京都という伝統的な土地だからこそ、挑戦を続けるレストランでありたいと考えています。けれども、私たちの挑戦の核にあるのは常に日本の食材に対する大きな敬意であり、エンバ・キョウト・チョップハウスではそれらを新たな楽しみ方で提供したいのです」。
この日はいずれのメニューも「シェアリング」のかたちで供されました。心地よい空間で、味わい深い料理を囲みながら共に楽しむという体験は、いつの時代も変わらない人間の本質的な喜びであることを、「エンバ・キョウト・チョップハウス」は思い出させてくれます。
数寄屋造りの茶室で体感する日本文化
フォーシーズンズホテル京都では、池の畔にしつらえられた数寄屋造りの茶室(写真下)で茶道を、さらには隣接するラウンジ「楓樹(ふうじゅ)」で金継ぎを体験することもできます(いずれも宿泊ゲスト限定。要事前予約)。
茶室の名は、庭園の名前から取った「積翠亭」。本来掛け軸があるべき床の壁をあえてガラス張りとしたのは、やはり庭園を「借景」として生かすためだと言います。
この日の茶道体験は裏千家の濱田宗祐氏によるもの。ふるまわれた薄茶には、「和敬清寂」の心得を改めて胸に刻ませるような、穏やかで滋味に富む味わいがありました。互いに心を和らげて敬い、相和す。心身ともに清らかで、何事にも動じない心を持つ——。宿泊客の多くを海外からの旅行客が占める同ホテルでは、千利休が達した境地、日本が世界に誇る精神を、お茶によっても伝えています。
「形により、池のすがたにしたがひて」
などと始まる、庭造りについて書かれた日本最古の書物、『作庭記』(伝・橘俊綱著、平安時代)は、「人間がどんなに意匠を凝らして造形したところで、自然の造りだすかたちにはかなわない」ことを、庭造りの前提としています。
だからこそ、自然をよく観察し、その美しさを理解しなければならない。そうでなければ、庭の良さも悪さも見分けがつかなくなる。自然と相和し、調和しようとするフォーシーズンズホテル京都の佇まいには、自然に倣い、そこに美を求めようとした平安人たちの心を、確かに感じることができるのです。
INFO
フォーシーズンズホテル京都
住所 京都府京都市東山区妙法院前側町445-3
公式HP https://www.fourseasons.com/jp/kyoto/
アクセス:
電車の場合|京阪本線「七条駅」から徒歩約13分
バスの場合|京阪本線「七条駅」、JR「京都駅」、京都市営地下鉄 烏丸線「京都駅」から、市バス(206番または208番)を利用し、「東山七条」にて下車、徒歩約3分
阪急京都線「京都河原町駅」から、市バス(207番または58番)を利用し「東山七条」にて下車、徒歩約3分
タクシーの場合|JR「京都駅」、京都市営地下鉄 烏丸線「京都駅」または阪急京都線「京都河原町駅」から約10分
エンバ・キョウト・チョップハウス(EMBA KYOTO CHOPHOUSE)
住所 京都府京都市東山区妙法院前側町445-3 フォーシーズンズホテル京都1F
Tel:075-541-8288
営業時間:ランチ 11:30 – 14:30 / ディナー 17:30 – 22:00(L.O. 21:00)
席数:88席(テラス席34席含む) ※テラス席の利用は、宿泊ゲストを除き有料。
https://www.fourseasons.com/jp/kyoto/dining/restaurants/emba-kyoto-chophouse/
フォトギャラリー
(取材・文・写真=安藤智郎 Text and photos by Tomoro Ando)