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2022.10.23

金砂城の戦い『吾妻鏡』で読む大河ドラマ【鎌倉殿の13人】

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令和4(2022)年NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』をもっと楽しむために、原作である『吾妻鏡』を読んでみようコーナー! 富士川の戦いに勝利した鎌倉軍。このまま勢いに乗って京都へ攻めようとした頼朝様を、上総広常(かずさ ひろつね)殿千葉常胤(ちば つねたね)殿・オレの父上(三浦義澄)が止めた。常陸国の佐竹(さたけ)氏に後ろから攻められるかもしれないからだ!

▼今までの流れはこちら!

というわけで、一旦鎌倉に戻り、今度は常陸国へ出発する準備をした。

大庭景親、斬られる

富士川の戦いの帰りに多くの平家方の武士が捕らえられた。そのほとんどは処罰を保留し、御家人たちに預けられたんだが……。治承4(1180)年10月26日、大庭景親(おおば かげちか)が斬られ、首が晒された。

大庭景親は平家の家人相模国代表だから……どうしても斬らなくてはいけない相手だった。ドラマで覚悟を決めた最期のシーンはかっこよかったなぁ。

人がどんどん死んでいく今回の大河ドラマ……つらい。

常陸国へ出発!

しかし頼朝様は休む間もなく、翌・27日に常陸国へ向けて出発し、11月4日に常陸国府に到着した。国府っていうのは、今で言うと県庁だな。茨城県石岡市にあった。

常陸国で佐竹氏の支配力は強く、国内はもちろん佐竹の家人だらけだし、近隣の国々にも影響を与えている。隣国支配者だった千葉氏や上総氏が脅威に感じるわけだ。作戦会議は、千葉常胤殿・上総広常殿・三浦義澄・土肥実平(どい さねひら)殿を中心に行われた。

まず、佐竹氏の意志を確認するために、知り合いである上総広常殿が派遣されることになった。佐竹氏当主の隆義(たかよし)は平家の家人として現在は京都にいる。隆義の庶長子である、義政(よしまさ)殿はすぐに頼朝様の元へ行くと言った。ところが義隆の嫡男・秀義(ひでよし)殿は父のこともあってすぐには返事できないと言い、金砂(かなさ)城に籠った。

庶長子(しょちょうし)とは兄弟の一番上だけれど母親が正室以外の男子、嫡男(ちゃくなん)とは跡取り息子のことだ!

佐竹の兵の大多数は、嫡男の秀義殿に従っている。それが佐竹氏の主力要塞である金砂城に集結したのだから、実質敵対の意志としてみなされても仕方ないだろう。

義政殿は家来と共に頼朝様の元にやってきた。頼朝様は義政殿1人だけに橋を渡らせて、上総広常殿に襲わせた。あっという間のできごとで、義政殿の家来たちはすぐさま降伏したり一目散に逃げたりした。……義政殿の手勢は少ない上に士気も低かったのだろうな。

義政殿は従うと言ったのになあ……。

ドラマでは頼朝様は殺すなと言っていたのに、上総介殿がうっかり(?)斬ってしまったが、『吾妻鏡』では全て頼朝様の指示だった。

いざ金砂城攻略!

義政殿を討ち取った後、秀義殿を討ち取るため、頼朝様は数千の精鋭を金砂城に派遣した。しかし秀義殿も戦になることを想定していて、以前から金砂城に準備をしていた。だから冷静に迎え撃ったのだ。鎌倉軍は苦戦し、この日は夜になってしまった。

深夜になり、頼朝様に報告がされた。それを聞いていた上総広常殿は、秀義殿の叔父にあたる佐竹義季(さたけ よしすえ)という者を味方につけることを提案した。義季殿は恩賞を保証するとすぐさま頼朝様の味方についた。

義季殿は上総広常殿と一緒に金砂城の後ろに回り、鬨の声を上げた。断崖絶壁なはずの後ろからの攻撃を予測していなかった佐竹軍は慌てふためいて逃亡して、秀義殿もそのまま行方知れずとなった。翌日、上総広常殿はもぬけの殻となった金砂城に入り火をつけたのだった。

もぬけの殻とは。いとも簡単に、だったのだなあ。

ドラマでは義経殿が参戦して、後ろから攻撃する作戦を思いついたが、実行する前に勝敗が決した……という流れになっていたな。そういえば義経殿、『吾妻鏡』では名前が出てこないけど、実際はどこにいたんだろう。……まぁ、それを言ったら義時の名前も出てこないんだけど。

こうして鎌倉軍は佐竹の領地を奪い取り、軍功のあった御家人たちに配分したのだった。

さて、ここからはしばらく頼朝様は鎌倉の町づくりにいそしむことになる。派手なシーンはないが、重要シーンが続くぞ! というわけで次回に続く!

「鎌倉殿の13人」13人って誰のこと? 人物一覧

「鎌倉殿」とは鎌倉幕府将軍のこと。「鎌倉殿の十三人」は、鎌倉幕府の二代将軍・源頼家を支えた十三人の御家人の物語です。和樂webによる各人物の解説記事はこちら!

1. 伊豆の若武者「北条義時」(小栗旬)
2. 義時の父「北条時政」(坂東彌十郎)
3. 御家人筆頭「梶原景時」(中村獅童)
4. 頼朝の側近「比企能員」(佐藤二朗)
5. 頼朝の従者「安達盛長」(野添義弘)
6. 鎌倉幕府 軍事長官「和田義盛」(横田栄司)
7. 鎌倉幕府 行政長官「大江広元」(栗原英雄)
8. 鎌倉幕府 司法長官「三善康信」(小林隆)
9. 三浦党の惣領「三浦義澄」(佐藤B作)
10. 朝廷・坂東の事情通「中原親能」(川島潤哉)
11. 頼朝の親戚「二階堂行政」(野仲イサオ)
12. 文武両道「足立遠元」(大野泰広)
13. 下野国の名門武士「八田知家」(市原隼人)

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吾妻鏡(上)―マンガ日本の古典〈14〉 (中公文庫)

書いた人

承久の乱の時宮方で戦った鎌倉御家人・西面武士。妻は鎌倉一の美女。 いわゆる「歴史上人物なりきりbot」。 当事者目線の鎌倉初期をTwitterで語ったり、話題のゲームをしたり、マンガを読んだり、ご当地グルメに舌鼓を打ったり。 草葉の陰から現代文化を満喫中。

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人生の総ては必然と信じる不動明王ファン。経歴に節操がなさすぎて不思議がられることがよくあるが、一期は夢よ、ただ狂へ。熱しやすく冷めにくく、息切れするよ、と周囲が呆れるような劫火の情熱を平気で10年単位で保てる高性能魔法瓶。日本刀剣は永遠の恋人。愛ハムスターに日々齧られるのが本業。