Culture

2024.02.27

「誠実なプレイボーイ」光源氏は当時の理想像。馬場あき子×小島ゆかり対談・3【現代人にも響く『源氏物語』の恋模様】

『和樂』2007年10月号に掲載された、『源氏物語』についての歌人の馬場あき子さんと小島ゆかりさんの対談。その内容は今読み返してみても新鮮で、千年も前の物語がとても身近に感じられます。

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▼対談その1・2はこちら。
『源氏物語』は恋愛のお手本! 馬場あき子×小島ゆかり対談・1【現代人にも響く『源氏物語』の恋模様】
平安朝に本当の恋はあったのか? 馬場あき子×小島ゆかり対談・2【現代人にも響く『源氏物語』の恋模様】

【馬場あき子×小島ゆかり 対談】その3
光源氏のモデルはだれだったのか

小島:光源氏は天皇になる資格を失って臣下に下ったことで、最初は高貴な女を欲していたのですが、「雨夜の品定め」(※注10)以降は急に中流の女に興味がわいていきますよね。
馬場:光源氏のモデルとされる人に在原業平(※注11)がいて、業平は身分の高い女だけを求めて失敗している。中流や同輩以下の女との恋愛もするけれど、そんな女には操を要求する。
小島:『伊勢物語』の主人公とされる人ですね。
馬場:その点、光源氏は一度契った女に対しては一生面倒を見る誠実さがある。これは、当時のあらゆる女にとっての理想だったのだと思います。

『業平歌意図』 土佐光起 絹本着色 江戸時代・17世紀 88.1×40.9㎝ 東京国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

小島:「雨夜の品定め」は男の視線で全部書いていますが、これは、女として、男とはこんなものだよと問いかけているように感じませんか。
馬場 物語の読み手の第一は彰子(※注13)でしたからね。やはり、中宮に男の世界を教えるために書いたのでしょう。
小島:元良親王(※注14)も光源氏のモデルだという説については、いかがお考えですか?
馬場:元良親王も陽成院(ようぜいいん)の皇子だけれど、藤原の力によって、絶対天皇の位は巡ってこない。それで〝色好み〟になっていった人ですね。
小島:ひと夜巡りの君という、あだ名がつけられていたほどですからね(笑)。
馬場:ひと晩ごとに女をかえるから、そう呼ばれていたのね。でも、当時の色好みというのは決して悪い意味ではありません。血筋はいいけれど身分に限度があり、制度の束縛がある。そこで、身分の高い女、禁忌(※注14)の女を奪うことで自分の誇りを保とうとする。それが色好みの醍醐味でもあったわけです。
小島:今のプレイボーイのようなタイプではなく、むしろ男性の理想像ですね。
馬場:色好みの世界では、出会いと別れは対になっていて、それから考えると、源氏は色好みの範疇(はんちゅう)からはずれています。全員捨てなかったから。
小烏:そうですね。最後はみんな六条院(※注15)に引き取っていますからね。別れが描かれているのは六条御息所だけ。

』光源氏が36歳のころの正月の六条院第を舞台にした23帖「初音」。明石の姫君が母である明石の君からの手紙を読むところが描かれている。『源氏物語絵色紙帖 初音』 重要文化財 土佐光吉 紙本金地着色 4帖のうち乙帖 桃山時代 25.7×22.7㎝ 京都国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

馬場:この時代、恋というものは、ただ女にちょっかいを出すようなことではないのです。
小島:和歌を交わし、書画やお香、音楽など雅なもの全体を含んで成立していたのですから。
馬場:色好みとは非常に高い文化のもとに成り立つもの。その競争の中で平安の男女は生きていた。
小島:王朝サロンは、まさにその文化の粋。それが源氏物語に集約されていると思います。

源氏は一度契った女の面倒を一生見た。これは当時の女の理想でした 馬場

『源氏物語図屏風(初音・若菜上)』 土佐光起 紙本着色 江戸時代・17世紀 各85.1×252.1㎝ 東京国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

※注10 雨夜の品定め(あまよのしなさだめ)
第2帖「箒木(ははきぎ)」で、源氏のもとにやってきた頭中将(とうのちゅうじょう)らの男たちが行う、妻にふさわしい女性の品評会。
※注11 在原業平(ありわらのなりひら)
825~880年。平城(へいぜい)天皇の孫、阿保(あぼ)親王の子。六歌仙のひとりで、『伊勢物話』の主人公とされる、色好みの代名詞的な男性。
※注12 彰子(しょうし)
藤原彰子。988~1074年。一条天皇の皇后(中宮)。後一条天皇、後朱雀天皇の生母。専任の女房には紫式部のほか、歌人として知られる和泉式部や『栄花(えいが)物語』の作者と伝わる赤染衛門(あかそめえもん)らがおり、自らの宮廷サロンが平安時代の文芸をリードしていた。
※注13 元良親王(もとよししんのう)
890~943年。陽成(ようぜい)天皇の第一皇子だが、父帝の譲位後に誕生。色好みの風流人として知られ、『大和物語』『今昔物語集』に逸話を残す。特に宇多院妃である藤原褒子(よしこ)/京極御息所(きょうごくのみやすんどころ)との恋愛が有名。
※注14 禁忌の女(きんきのおんな)
道徳や習慣上、決して犯してはならない間柄の女性。
※注15 六条院(ろくじょういん)
光源氏が35歳のとき、六条御息所が所有していた土地に造成した屋敷。源氏はここに関係のあった女性を集めて住まわせた。

Profile 馬場あき子
歌人。1928年東京生まれ。学生時代に歌誌『まひる野』同人となり、1978年、歌誌『かりん』を立ち上げる。歌集のほかに、造詣の深い中世文学や能の研究や評論に多くの著作がある。読売文学賞、毎日芸術賞、斎藤茂吉短歌文学賞、朝日賞、日本芸術院賞、紫綬褒章など受賞歴多数。『和樂』にて「和歌で読み解く日本のこころ」連載中。映画『幾春かけて老いゆかん 歌人 馬場あき子の日々』(公式サイト:https://www.ikuharu-movie.com)でも注目を集めている。

Profile 小島ゆかり
歌人。1956年名古屋市生まれ。早稲田大学在学中にコスモス短歌会に入会し、宮柊二に師事。1997年の河野愛子賞を受賞以来、若山牧水賞、迢空賞、芸術選奨文部科学大臣賞、詩歌文学館賞、紫綬褒章など受賞。青山学院女子短期大学講師。産経新聞、中日新聞などの歌壇選者。全国高校生短歌大会特別審査員。令和5年1月、歌会始の儀で召人を務める。2015年『和歌で楽しむ源氏物語 女はいかに生きたのか』(角川学芸出版)など、わかりやすい短歌の本でも人気。

アイキャッチ画像『源氏物語絵巻』柏木一 藤原隆能著 徳川美術館 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1685003 (参照 2023-10-13)

※本記事は雑誌『和樂(2007年10月号)』の転載です。構成/山本 毅

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山本 毅

昭和のころからファッション雑誌の編集に携わり、重ねたキャリアだけは相当なもの。長らく渋谷の隣駅(池尻大橋)近くに住んでいたが、諸事情により実家(福岡県飯塚市)に戻る。以後もライターの仕事に携わることができ、現在2拠点生活中。LCCの安さに毎回驚きながら、初めて住んでみた人形町・日本橋エリアでの生活が楽しくて仕方がない!
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