Culture

2026.05.27

江戸人も歯が命?みがきすぎたり○○の腕を磨いたり、意外すぎる江戸の歯みがき事情

朝、歯をみがいた。昼にもみがくし、夜もきっとみがくだろう。私は心底、歯医者が嫌いである。子どもの頃の歯みがきは今よりずっとテキトーだった。わざわざ歯医者へ行く理由をつくっていたかつての自分を思うと、おそろしい。

それで、ずっと気になっていたことがある。昔の人は歯をみがいていたのだろうか。日本はかつてお歯黒の国だったと伝え聞く。歯を黒くすることと白くすることは、まったく反対のことのように思う。あの黒さは(といっても本物を見たことはないが)そんじょそこらの歯みがき粉で落ちるのだろうか。というか歯みがき粉は売っていたのか。そもそも、どこで買えたのか。

歯みがきは仏教と共に

無住「沙石集10巻」
出典:国会図書館デジタルコレクション(https://dl.ndl.go.jp/pid/12866222/1/17)

鎌倉時代の仏教説話集『沙石集』に笑えるけど笑って済まされない話が紹介されている。
大陸から渡来して奈良に暮らしていた歯取り名人のもとに欲深い男がやってくる。男は安い抜歯料をさらに値切ったせいで抜かなくてもよい歯まで抜かれてしまう、というのが話のあらまし。ここから学べることはふたつある。
ひとつは、自己の欲を満たそうとする悪性への啓蒙。そしてもうひとつは、この時代、すでに歯の技術者が患者を相手に歯の治療をしていたということ。

歯をみがくための道具は、仏教の伝来とともに中国からやってきた。僧侶から貴族、そして民衆へ。歯みがきはもともと宗教行事と結びついたものだったから、歯を白くしたいとか光らせるとかエチケットとか虫歯予防なんかを理由に歯をみがくようになったのは、比較的後世になってからのことである。ちなみに、欧米式の歯みがきは明治時代を待たなくてはいけない。

それ以前はどうしていたのかというと、もちろん、昔も今と変わらず歯は大切にされていた。現代の歯ブラシに代わるものも、歯みがき粉だって、ちゃんとあった。

歯みがき粉は江戸、歯ブラシも江戸

今の歯ブラシに代わるものとして使われていたのが楊枝(房楊枝とも)である。江戸時代後期の庶民の暮らしを記録した『守貞謾稿(もりさだまんこう)』によれば、江戸時代にはすでにさまざまな種類の楊枝を売る店があり、楊枝師なる専門職人もいた。なかでも浅草の浅草寺境内の店は江戸名物になるくらい人気だったという。

歯を大切にするなら良い歯ブラシが欲しいし、歯みがき粉にもこだわりたい。
歯みがき粉のはじまりは、江戸の初期に丁字屋喜佐衛門という商人が朝鮮伝来の製法を取り入れて売り出した商品までさかのぼることができる。
じゃあ、それまでは「なに」で歯をみがいていたのかというと、焼いた塩。焼いた米糠(ぬか)。効果のほどはさておき、なんともオーガニックである。

丁字屋の歯みがき「大明香薬砂」は袋入りで「歯を白くする、口中悪しき香を去る」効能が期待できた。この商品は文化八(1811)年の『買物便覧東都土産』にも掲載されている。土産物にぴったりの、きちんとした代物である。

歯みがき商品を買うと芸もついてきます

江戸人たるもの歯は白くなくてはいけない。
というのはなにも歯医者嫌いの私が勝手に言っているわけではなく、この時代、歯みがき粉を使っているか使っていないかで江戸の者か田舎者かが分かったという。もしそうなら、好きな相手の前でおいそれと笑うこともできない。ということで、男たちはせっせと歯みがきをした(と思われる)。

それに、江戸には大阪にも京都にもないものがあった。歯磨剤をとり扱う専門の行商人、歯みがき売りである。
歯みがき売りがいたということは、歯みがき商品を売るだけで商売が成り立つくらい買う人がいたということだ。さすが都会。当時の江戸は、歯みがき商品を買うためだけに来るくらいの価値があった。

とはいえ、専門の行商人がいなくても歯みがき粉は手に入った。江戸時代後期の風俗について書かれた『嬉遊笑覧(きゆうしょうらん)』には歯みがき案内が紹介されており、都会へ出る者たちを勇気づけてくれる。

みがき砂を求める人は香具屋さんへ。とのこと。
喜多村信「嬉遊笑覧」成光館出版部、昭和7年
出典:国会図書館デジタルコレクション(https://dl.ndl.go.jp/pid/1123091/1/154)

この本によれば、歯みがき粉が買いたければ浅草寺境内にある楊枝店を訪ねるといい。ここでは楊枝(歯ブラシ)と一緒に歯みがき粉も売られていた。
楊枝店がなくても、雑貨を売っている小間物屋ならだいたい歯みがき粉を売っていたし、風呂屋や露天で歯を抜いてくれる香具師と呼ばれる人からも買うことができた。

これだけの人気ともなれば、売るほうもさぞ気合いが入ったことだろう。じっさい、当時の歯みがき売りは声も張り上げたし、体も張っていた。
江戸時代の石川雅望の随筆『都のてぶり』には両国広小路で居合抜きをして歯みがきを売る様子が描かれている。
なぜ、居合抜き? そう思ったのは私だけではないはずだ。こちらは歯みがき粉を買いに来ただけなのに、見たくもない居合抜きで足止めなどされたくない。
しかし、これには客を集めるという目的があった。こまを回したり、芸をみせて人を集めたり。芸達者でなくては歯みがき粉は売れないのである。

白い歯に憧れて

というわけで、江戸人は歯みがき粉をよく使った。
やはり白い歯は誰にとっても魅力的に映ったらしい。

「十一味乱香散、夫れ歯は命の元也。故に此薬を以て常に磨く時は其白き事銀を敷くが如く、一生口中歯之憂無きこと奇々妙々也」
これは『乱香散』という歯みがき粉の宣伝文句。銀(しろがね)のごとき歯を売りにしているようだが、そこまでいかなくとも、汚れはかなり落ちたかもしれない。
歯の健康寿命は長寿にも関係する。ということを江戸人が知っていたかどうかは分からないが、この歯みがき粉が健康にあまりよくなさそうだ、ということは、おそらく知っていた。

歯みがき粉の材料とされたのが、房州砂という非常にきめの細かな砂だった。これに丁子やハッカといった薬効成分を加えたものが歯みがき粉となる。
白砂や白石などを粉にしたものや、米糠を焼いた歯みがき粉もあるにはあったが効果は房州砂には及ばず。よって「故にみがき砂は江戸にまさるものなし」だった。

とはいえ、砂は砂。歯はきれいになるかもしれないが、歯の表面が削れないか、とか炎症を起こさないかと気になってしまう。
それでも白い歯に憧れて歯をみがきつづけた江戸人の嗜好性を思うと、衛生よりも嗜みを選ぶ、美容に対する人の執念に感心する。

日本の女子は歯みがきいらず?

香蝶楼国貞画「江戸姿八契」
出典:国会図書館デジタルコレクション(https://dl.ndl.go.jp/pid/1306981)

江戸時代の歯について語るなら、お歯黒にふれないわけにはいかない。私はずっと気になっていたのだ。歯みがき粉で、あの黒さが落ちるのかどうか。

お歯黒とは、文字通り歯を黒く染める風習で「鉄漿(かね)」とか「かねつけ」と呼ばれた化粧品のひとつ。手間がかかりそうに思えるけれど、「ぬれがらす」という粉薬を溶かして使える便利なお歯黒もあった。
平安時代に貴族の成人儀礼としてはじまったお歯黒は、江戸時代には結婚した女性のシンボルになった。庶民の女性たちは結婚すると眉を剃り、歯を黒く染めた。
白い歯に憧れる現代人にはちょっと理解しがたいが、彼女たちからすると、白い歯は獣の歯のように思えたらしい。時代の美的センスというのはまったく信用がならない。

そういうわけで、歯が黒いのは女性のたしなみである。もちろん、歯みがき売りもお歯黒女性にしっかり歯みがき粉を売りつけた。「歯みがき使ってお歯黒付ければよくつく」というのが売り文句だったらしい。

ところで、日本で歯みがきの商品化が遅れたのはお歯黒の風習が関係していると言われる。お歯黒の材料には、歯と歯茎のタンパク質を強化する働きがあり、しかも歯を丈夫にする効果もあるという。
そもそもお歯黒は、歯につける前に歯垢などをていねいに取り除かないときれいにぬれないらしい。だから必然的に歯をみがくことになる。そこで、歯みがき粉である。
女性たちは美しさのために歯を黒くしていたが、結果的に虫歯予防にもなっていた。もしかすると、現代女性よりも歯への意識は高かったかもしれない。

おわりに

香蝶楼国貞画「江戸姿八契」
出典:国会図書館デジタルコレクション
(https://dl.ndl.go.jp/pid/1306981/1/2)

浅草名物の「市之丞のはみがき」、箱入りのはみがき「漱石香」、大坂屋松沢八右衛門が販売した房州砂入りの「〇八はみがき」。江戸時代も後期になると100種類以上の歯みがき粉が登場し、商品も選び放題になっていく。江戸の歯みがき粉はさぞ土産に喜ばれたことだろう。

歯みがき粉でしっかり歯をみがき、お歯黒をぬる。美しさと衛生を両立させた無敵の歯みがき習慣。完璧な虫歯予防である。今の時代に受け入れられるかはさておき、取り入れてみるのも悪くないかもしれない。

【参考文献】
落合茂『洗う風俗史』未来社、1984年
喜多村信『嬉遊笑覧』成光館出版部、昭和7年
無住『沙石集10巻』

※江戸時代の歯事情についてもっと知りたい方はこちら
入れ歯はいつからあった?歴史と江戸時代の値段・仏師との関係

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馬場紀衣

文筆家。12歳で海外へ単身バレエ留学。University of Otagoで哲学を学び、帰国。筑波大学人文学類卒。在学中からライターをはじめ、アートや本についてのコラムを執筆する。舞踊や演劇などすべての視覚的表現を愛し、古今東西の枯れた「物語」を集める古書蒐集家でもある。古本を漁り、劇場へ行き、その間に原稿を書く。古いものばかり追いかけているせいでいつも世間から取り残されている。
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