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2026.06.16

その不完全さが愛おしい。人の心と歴史を纏う茶道具の魅力【ボイメン本田剛文、いざ参る!Vol.7】

茶道具という言葉の中には陶磁器、漆器、鉄器、書画など、非常にバリエーション豊富な工芸品が含まれています。
今回は茶道具を取り扱って約300年、名古屋の老舗茶道具商の宇治屋さんを訪問。実際にお取引をするお客様をもてなし、茶道具を見てもらうという茶室で、お茶を一服いただきながら、ご主人の野﨑康生さんにたっぷりとお話を伺ってきました。

宇治から尾張に移り、茶と共に茶道具を販売

宇治屋さんのルーツはその名の通り、京都の宇治。元々はお茶そのものを商っていました。江戸時代の中頃に、尾張(名古屋)の地に移り住み、そこから茶道具も取り扱うようになったそうです。そんな宇治屋さんの素敵な茶室にお招きいただいての取材……。茶の湯ビギナーの本田はその雰囲気にちょっぴり緊張気味です。

「お茶もそうですが、香道(作法や約束事にしたがって香を楽しむ芸道)など、京都から様々な文化が尾張に流れてきた時期がありました。その頃うちの初代もこちらに移り、茶葉と共に茶道具も扱うようになったんです」と野﨑さん。

宇治屋13代目を継いだ野﨑康生さん。現在は、名古屋美術倶楽部の代表も務められている

かつて店を構えていたのは、今の町名で言う名古屋のど真ん中、錦三丁目あたりだったのだとか。現在はネオン煌く繁華街というイメージのエリアですが、当時はこういった美術商や茶道具商がたくさんあったそうです。
「錦三丁目にあったお店は戦争で丸焼けになってしまい、祖父の代にこの地に移ってきました。元々は体調を崩した曽祖父の隠居生活のために建てた家で、三重県の四日市にあった古民家を移築したものなんですよ」とのこと。
日本家屋ならではの落ち着いた魅力は、現代社会の喧騒から離れ、非日常を感じさせてくれます。いつもより時間がゆっくりと流れているかのようです。

ものを売るだけじゃない、宇治屋さんの心でつなぐ商い

ちなみに宇治屋さんでは、一般的な店舗のイメージとは異なる営業スタイルをとっています。依頼のあったお客様にお茶を提供し、一服楽しんでもらいながら茶道具を見てもらい、販売するという形式です。茶の湯を通して、茶に心を傾けながら、茶道具との縁を繋いでいく……。何とも特別な時間といえそうです。そして、お客様とのやり取りも野﨑さんならではの流儀が感じられます。

「”こんなお茶会を予定しているんだけど、丁度いい水指が欲しくて……”という場合は割とスムーズで、合うものが手元にあればお渡しします。そうでなくても、お好みがわかっているお客様であれば、その方に合いそうなものをご紹介するようにしています。そして大前提として、ただ物を売るという商売だとは考えていないので、きちんとそのお道具の良さを分かって、受け継いでいってくださる方にお渡ししていきたいと思っているんです」と野﨑さん。

お茶関係の方はもちろん、茶道具が好きでコレクターとして集めているという方も来店するのだそう。野﨑さんなら良き提案をしてくれるという信頼があるからこそ、宇治屋さんにやってくるのでしょう。そして逆に、そういったお客様への信頼があってこそ、野﨑さんは安心して茶道具を託せるのです。商いとはいえ、商売を越えた心のやり取りが肝要……、そんなお店のあり方が、僕にはとても美しく思えました。

床脇飾り<祥瑞 鳥摘香炉>は、丸みを帯びた形状と絵付けが美しい

茶の湯は空間から魅せるインスタレーションだ

「お茶室は“室礼(しつらい)”と言いまして、決まったものを決まった場所に飾って空間作りをします。私はインスタレーション(空間全体をひとつの作品として見せる表現手法)だと思っているんです。どういうお客様が来て、どういう時間を過ごしたいかということを考えて茶道具を選んでいくわけですね。床間の掛け物を変えるだけでも、また違った空間になるんですよ」と野﨑さん。

茶の湯と言われれば、お茶を飲むことこそがメインであり、ゴールであるように考えていた僕ですが、身を置く空間全体に楽しみが散りばめられています。僕がまず心惹かれたのが床の間に飾られた掛軸。力強い字体で書かれた“南山鼓北山舞”の文字。不勉強で初めて目にする言葉……。しかし纏うエネルギーが確かに僕の心を掴んで離しません。

「小堀遠州(こぼりえんしゅう)が編み出した遠州流茶道、その八世家元の小堀宗中(そうちゅう)という幕末の人物が書いたもの<小堀宗中筆 横物 南山鼓北山舞 共箱>です。独特な書風は、遠州が確立したものを受け継いでいます。“南山に鼓を打てば、北山に舞う”。南山と北山、距離に隔たりがあっても、言葉を介す必要なく心が繋がっている様子を表現した禅語です。本田さんは芸事をなさっているから、そういった通い合う感覚を大事になさっているのではと思い、選びました。ちなみに茶の湯は禅が元になっているので禅語をとても重んじるんですよ」と野﨑さんが解説してくれました。

<小堀宗中筆 横物 南山鼓北山舞 共箱>

さて掛け軸から少し目線を落とすと千代萩、ミツバシモツケ、ズイナといった花が飾られています。それらが挿されている花入<青磁鍔口(つばぐち)>は、中国の明時代に焼かれたもので、刀の鍔(つば)に形が似ていることから、そう呼ばれるとのこと。明時代の青磁は、それ以前のものよりも温かみのある作風なんだそう。

花入<青磁鍔口(つばぐち)> 可憐な三種の花が優しい雰囲気を醸し出してくれている

うーん、どの道具にも歴史やエピソードがあって大変興味深いものです。野﨑さんの解説で知的欲求がどんどん満たされていきます。
「今日、本田さんに使っていただく茶碗は、朝鮮半島で焼かれたもの<半使(はんす) 松平不昧箱>。半使というのは朝鮮通信使の通訳官のことで、彼らによって日本に持ち込まれた茶碗なのです。こちらは高麗茶碗という分類に含まれます。室町時代以降、朝鮮半島から渡ってきた日常雑器等の中から雰囲気や寸法が良いものを茶人が見立て、茶の湯の茶碗として使ったのが高麗茶碗というジャンルのはじまりです。つまり元々は茶道具用に作られたものではないということですね」と野﨑さん。

江戸時代中期の出雲松江藩主であり、茶道を究め、名物茶器の蒐集を行ったとされる松平不昧(まつだいらふまい)が所持していた茶碗

解説を聞いていると時間があっという間に過ぎていきます。茶道具の歴史、素材、技などオールジャンルの深い知見。それらを懇切丁寧に、なおかつ楽しく分かりやすい形で伝えてくださる……。これぞ茶道具商、まさにプロの姿です。

茶室でのお抹茶初体験!

茶道具について、いろいろと学んだ後、実際にその道具を使ってお茶を嗜みましょうということで、野﨑さんがお茶を点ててくださいました。茶の湯の世界ではもてなす側を亭主、招かれる側を客と言います。今回は亭主である野﨑さんが、客である僕のイメージに寄り添ったり、メッセージを込めたり、喜びそうなものだったり、話が弾みそうな仕掛けだったり……と、趣向を凝らして空間を対本田仕様にしてくださいました。

初めての茶席体験で緊張していましたが、始める前に時計を外すと、野﨑さんに「茶碗を傷つけないようにしようといった心遣いが嬉しい」とほめていただき、少しリラックスできました

茶道具の解説を色々としていただいたところで、お茶菓子が僕の前に差し出されました。今回お出しいただいたのは、名店・美濃忠(みのちゅう)さんの“初かつを”という淡い桃色の羊羹です。優しく上品な甘みが嬉しい一品。

それをいただき余韻が口の中に残る頃合いに、お茶の登場です。
それにしても野﨑さんのお点前、その手際の美しさたるや思わず目を奪われます。所作ひとつひとつに決まり事があるわけですが、しかしそれは様式美でありながら機能美を兼ね備えた動きなのです。意図と必然性が宿った所作には、無駄なく洗練された美があります。

そしていよいよ一服。芳しい苦味と柔らかな甘みが絶妙のバランスで調和した風味に、思わず小さく笑みがこぼれます。世界に数ある喫茶文化の中でも、茶葉を粉にして、それを溶かして丸ごといただくという独自性。だからこそ生まれる口当たりに心奪われ、茶の湯文化が長く愛されてきた理由の一端を舌で理解しました。
なんて楽しく味わっていましたが、この一連の流れの中に野﨑さんの粋な計らいが。

自分のための演出が嬉しい、しかし演出する方はもっと楽しい!?

「本田さんのグループ活動時のテーマカラーはピンクでしたよね。実はそれに合わせて茶碗を選びました。ところどころ淡いピンク色になっているのがわかりますか?これは釜で焼くうちに土や釉薬が反応して不作為に出たものです。こういった計算しきれない色や模様のことを“景色”と呼び、焼物のオンリーワンな魅力として味わうんです。それとお茶菓子も、同じ理由でピンク色のものにしてみました」と嬉しい種明かし。

自分用にカスタマイズされた演出はとても嬉しいものです。その心遣いに感動してしまいました。
「“亭主八分の楽しみ”という言葉があって、実はもてなす側の方が8割楽しんでいる。今日も本田さんがいらっしゃるということで、じゃあどんな風に演出をしようかと頭を悩ませるのが、生みの苦しみもあるけどたまらないんです。そうやって茶道具に役割を与えて采配していくことは野球にも似ていて。4番打者みたいな茶道具ばかりあれば良いというわけでもなく、いろんな打順・守備位置で面白い活躍をしてくれる茶道具も重宝します」と野﨑さん。

元野球少年の僕にはこの上なくわかりやすい例え話です。思いやメッセージといった、機能性以上のものを茶道具に託して客をもてなす茶の湯の世界。今回は他にも多くの仕掛けをしてくださっていた野﨑さん。例えば、掛軸に合わせて茶杓も遠州流の系譜のもの<小堀宗本作 共筒 歌銘 呼子鳥>にしてリンク。そしてその茶杓が鳥をテーマにしたものであることから、床脇の香炉を鳥の意匠があしらわれたもの<祥瑞 鳥摘香炉>にして関連付けたりも。

客が造詣の深い人であれば、これら亭主の意図や狙いを読み取ることもまた楽しみになるそうです。駆け引き的な面白さも持ち合わせる茶の湯。伝統文化と聞けば、つい難しそうなものと感じてしまいがちですが……これは古き良きエンターテインメントと言えるでしょう。

茶杓は<小堀宗本作 共筒 歌銘『呼子鳥』>。遠近(をちこち)のたづきも知らぬ山中におぼつかなくも呼子鳥かな 宗中・宗本・篷露合作『三島之茶杓の内』宗中筆巻物添 宗中箱

茶道具は人の心と歴史を纏う

数々の日本伝統文化の中でも、茶の湯の世界ほど多様な要素を含むものも珍しいかもしれません。茶を点てる技術は勿論のこと、まつわる作法や決まりごとも美しい日本文化です。茶菓子や茶懐石といった、お茶以外の飲食物にも伝統の技が宿ります。さらに茶室周りの建築・造園も語るべきことが多くあるでしょう。

そして何より茶の湯の“総合芸術”たる所以といえるのが、茶道具という一大ジャンル。茶碗や茶杓、茶筅に釜といったお茶を点てることに関わる工芸品をはじめ、掛け軸や花など茶室を彩る装飾ではないでしょうか。

「茶道具は使用されてきた歴史が記録に残ったりしていて、それが今日まで繋がっていることを僕は尊いと感じます。裏千家十五代目の鵬雲斎(ほううんさい)さんがおっしゃったことですが、茶の湯は不完全性の中に美を見出す“インパーフェクト・ビューティー”であると。例えば茶碗が欠けていたり、破損の修繕跡があったとします。それは完全美ではないかもしれないけれど、その不完全さに、大切に扱ってきた思いや日々を感じて愛おしく思うのです。実際に使われて役割を果たすことが、茶道具の美には大切なこと。人の営みがあって完成するものと言えますね」

物体として出来上がった時ではなく、人が使うからこそ宿る美が茶道具にはあります。形あるものである以上、いつかは壊れてしまうかもしれないけど……。だからこそ野﨑さんはそれらを至極大切に扱い、時を刻んできたことへの敬意を払うのです。

「茶道具の扱い方のプロフェッショナルであれ」と、修行時代から叩き込まれたのだそう。1日に膨大な数の茶道具を点検するような時でも、スピード感を持って作業をするとしても、丁寧さを失わないような扱い方を学んでいるのです。

ちなみに元々持っていた人が茶道具を手放し、それが他の人の手に渡ることを“嫁入り”と言ったりするそう。そういった表現をするほどに歴史や思い入れが詰まった大切な茶道具だからこそ、丁寧に扱うだけでなく、良き“嫁入り先”に導くことにも、野﨑さんは心を尽くしています。

<茶器 桐蒔絵 中次>

「元の持ち主さんが“ありがとう、あの人の手に渡って良かった”と言ってくださった時に、本懐(ほんかい)を遂げたという気持ちになります。茶道具が人から人へ受け継がれていくことは、すなわち歴史の一部になっていくことなので。物ではあるけど、決してただの物ではないんですよね」と語る野﨑さん。茶道具商としての矜持が光ります。

茶の湯は“入り込める”からこそ面白い

野﨑さんからお話を伺う中で印象的だったのは“余白”という言葉。これまで綴った全てに通じ、それこそが茶の湯の精神の根幹なのではないかと僕は感じたのです。

様々なルールがある茶の湯ですが、僕らが思う以上に遊び心を加えるだけの余白が存在し、そしてその遊び心が客を楽しませることに繋がります。そしてそんな亭主によるインスタレーション的な演出の中にも、敢えて余白を作ることで、客がそこに入り込み、想像を膨らませる余地を作ることもできるわけです。また前述のインパーフェクト・ビューティーの話も、完全無欠ではないという余白を楽しむ心でしょう。

「自画自賛という言葉がありますよね。あれの語源は絵描きが描いた“画”に、書家が書いた“賛”を合わせた“画賛“なんです。面白いのが、“画”が無い画讃というのがある。“賛”だけ書いてあるんです。それが床の間に飾ってあった時に、賛の文面から描かれるはずだった“画”を頭の中で描いてみたり、“画”が無い理由を想像してみたりする。まさに余白なんですよね。未完成品なんだねで終わらせないのが、日本文化的だと思います」と野﨑さん。

忙しく目まぐるしい現代。コスパならぬタイパ(タイムパフォーマンス)という言葉もよく聞かれます。時代の変化に善も悪もありませんが、余白を楽しむ心まで飲み込まれてしまっては勿体無いと感じました。しかしながら自分を省みると、わかりやすい答えを早く欲しがるきらいもあるように思います。せっかく出会った茶の湯、これを機に余白をゆったりと味わえる大人のゆとりを身に付けていきたいものです……。

取材を終えて

これまであまり踏み込むことのなかった茶の湯の世界。思っていたよりずっと自由で楽しいものだと知ることが出来ました。知識の面でその奥深さを味わうのも一興ではありますが、やはり実際にトライしてみることをオススメします。見て味わって、想像力を働かせて、まさしく体感型の伝統文化だと思うのです。

僕もいきなり入門はハードルが高いかな……と思いつつ、気軽に参加できる茶席もたくさん開催されているようなので、そこからスタートしてみます。そしていつかは“亭主八分の楽しみ”を味わう側に。その日が来たら和樂webで一番に報告します。気長にお待ちくださいませ!

名古屋美術倶楽部創立 120周年記念特別展 名美アートフェア’26

野﨑康生さんが代表を務める名古屋美術倶楽部が創立120周年を迎え、その記念特別展が開催されます。お時間のある方はぜひ覗いてみてはいかがでしょう。

会期:2026年6月26日(金)27日(土)28日(日)午前10時~午後6時(最終日は午後4時まで)
会場:名古屋美術倶楽部(名古屋市中区栄3-12-13)
入場料:2000円(図録付き)
主催:名古屋美術商協同組合
後援:中日新聞社・東海テレビ放送
公式ホームページ

取材・構成:黒田直美
Photo:松井なおみ

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本田剛文

東海圏を中心に活躍するBOYS AND MEN(ボーイズ・アンド・メン、通称ボイメン)のメンバー。 実家は江戸時代から続く仕出し料理屋。高校では弓道部に所属(弓道弐段)。日本舞踊を西川流で学び、舞台劇「名古屋をどりNEO傾奇者」で4年連続で女形出演! 日本で生まれた文化を多くの方に発信するべく、日本伝統文化検定取得(2級)し、伝統文化の語り部を目指している! NHK「うまいッ!」食材ハンターとして出演している他、東海テレビ「スイッチ!」レギュラーリポーターとしても活躍中!
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