江戸みやげとしてのブームから200年の時を経て、今、人生の節目となる大切な日に選ばれているつまみ細工の魅力を、蒼菊さんにうかがいました。
世界にひとつの髪飾り
花びらの一枚一枚が、薄い絹で作られている「つまみ細工」の髪飾り。成人式や卒業式、七五三などに合わせての依頼が多いという蒼菊さんの髪飾りは、お客さまのイメージや好み、着物の色柄などに合わせてデザインから起こした、世界にひとつだけのオーダーメイドです。

こちらは桜が好きなお嬢さまの卒業式用にと、お母さまがオーダーされたもの。

お嬢さまのお名前にちなんでオーダーされた、椿の花の髪飾りは七五三用。椿の葉に露がきらりと光ります。

牡丹と藤に、「下り藤」の家紋を添えた華やかな髪飾り。こちらも七五三用です。

おそろいのミニかんざしと根付け(帯飾り)はお母さま用。つまみ細工で家紋を表現した「つまみ紋」は、蒼菊さんの登録商標(第6175120号)です。
手作りだからこその繊細な美しさに、お子さまの成長を心から祈り、祝う心が込められています。
桜や椿などのリアルな花は、蒼菊さんが伝統的な技法に創意工夫を加えて作り出したもの。まずは基本的なつまみ細工の作り方をご紹介します。
そもそも、つまみ細工とは?
つまみ細工とは小さな布をピンセットでつまんで作る、日本の伝統的な工芸、手芸です。京都の舞妓さんの髪を、2月の梅、4月の桜と季節に合わせて飾る花かんざしにも、つまみ細工が用いられています。
基本のつまみ方は、花の形にしたときに丸い花びらになる「丸つまみ」と、先のとがった花びらや葉になる「剣つまみ」の2種類。つまんだ布は、糊(のり)を塗った板の上に乗せておきます。

こうして糊を吸わせてから、土台となる「おちりん」の上に並べていきます。屋根の瓦を葺(ふ)くように並べていくので、この作業を「つまみを葺く」と呼ぶのだそう。

江戸で人気のアクセサリー
つまみ細工の起源ははっきりとしませんが、江戸時代の初期にはあったらしいと言われています。古い本などをめくると、江戸中期には宮中の女官や大奥の女中たちが趣味として厄除けのくす玉などを作っていたという説もありますが、これはのちに付け加えられた宣伝文句だった可能性が高いようです。
というのも、江戸後期になるとつまみ細工の櫛(くし)や花かんざしなどが町人たちの手で商品化され、大々的に売り出されていったから。つまみ細工の髪飾りは、参勤交代などで地方から訪れた人々が買い求める江戸みやげとして、とても喜ばれたそうです。
産業としては今でも東京が主要な産地で、昭和57(1982)年には「江戸つまみ簪」が東京都の伝統工芸品に指定されています。

こちらは蒼菊さんが手掛けた七五三用の勝山かんざし。名前の由来は江戸時代に若い女性たちの間で流行した勝山髷(まげ)という髪型で、髷の中央前側につける勝山飾りに、左右の脇差しがついた華やかなセットです。
手芸として受け継がれたつまみ細工
一方で明治・大正以降、つまみ細工は家庭でたしなむ手芸としても受け継がれてきました。
蒼菊さんとつまみ細工との出会いも、仕事の傍らに始めた手芸だったそうです。きっかけは多忙のあまり体を壊し、病気療養のために1か月休職したとき。つまみ細工の手芸キットを購入して基本の作り方を覚えた蒼菊さんは、大好きな芍薬(しゃくやく)の花をつまみ細工で表現したいと考えたそうです。そこから本などを頼りにさらに独学で学び、より良い素材を厳選しながら、試行錯誤を重ねていきました。
リアルな花を追い求めて
芍薬の花は、薄い花びらが幾重にも重なりあっています。その繊細な重なりを表現するためにたどり着いた素材は、羽二重(はぶたえ)の絹でした。高級な着物の裏地などに使われている、薄く柔らかな生地です。
絹は重さを匁(もんめ)という単位で表し、約93㎝四方で3.75gを1匁と数えて、生地の厚さや糸の密度の目安としています。蒼菊さんが選んだのは、透けるように薄い4匁。一般的な着物の裏地が12~16匁くらいですから、その薄さを想像してみてください。

花びらの形は、「ひだ寄せつまみ」という技法を独自にアレンジして表現しています。けれども、それを平らなおちりんに葺いたのでは、本物の花のように立体的な形にはなりません。そこで、花の裏側のがくの部分まで観察して、土台となるおちりんの形をアレンジしていったそう。
花びらの色にも注目を。蒼菊さんは染色も学び、自分で布を染めるところから行っているそうです。あえてムラのある染めにすることで、花びらの淡いグラデーションや、まるで本物の花がそこに咲いているかのような光と影を表現しています。

作る人と、求める人とをつないだSNS
蒼菊さんが最初につまみ細工を作ったのは2017年、ちょうどTwitter(現在のX)やInstagramなどのSNSが、情報の発信や収集の新しい手段として広がった頃です。作品をSNSにあげていたところ、やがて「購入したい」という声が寄せられるようになりました。
最初は会社勤めをしながら、夜につまみ細工の制作を行っていたという蒼菊さん。まとまった数を作ることはできないけれど、求めてくれる人にひとつひとつ作品を届けることならばできるとオーダーを受け始めたそうです。
ただのリアルな花であれば、今はかなり質のいい造花もあります。蒼菊さんのつまみ細工に特別な魅力があるのは、好きな花を表現したいという心で追及してきた作品だから。そこに、「娘が好きな花を、成人式に」「私が七五三で着た着物に、新しい髪飾りを」のような、世界でひとつだけの物語が添えられているからなのかもしれません。ひとつひとつのオーダーが、まるで子どもの幸せを願うおまじないのようではありませんか?
今、蒼菊さんのようにSNSで作品を発表し、成人式や卒業式、七五三などの髪飾りを手がけるつまみ細工作家が増えています。和洋をミックスしたデザインや、流行のくすみカラーなど、現代の装いに似合う新しいつまみ細工も次々と生まれています。
2021年からはつまみ細工作家として活動している蒼菊さんのもとには、「リアルな花の作り方を学びたい」という声も多く寄せられているそうです。作品を求める人だけでなく、つまみ細工の技を受け継ぎたい人たちもつながり始めています。
特別な日のために、大切な誰かのために、花ひらいたつまみ細工の物語は、きっとこれからも紡がれていくのではないでしょうか。
つまみ細工 蒼菊 基本情報
Instagram:https://www.instagram.com/aogiku/
X: https://x.com/aogiku_tsumami
アイキャッチ:芍薬、牡丹、百合のセット
撮影:蒼菊 (掲載写真全て)
参考書籍:
『江戸つまみ簪 : 東京都知事指定伝統工芸品』東京髪飾品製造協同組合, 東京装粧品協同組合編 東京髪飾品製造協同組合 1986年
『大日本百科事典 第12』小学館 1970年

