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2024.10.03

暮れゆく秋――、失恋の悩みを詠った鎌倉時代の男女 馬場あき子【和歌で読み解く日本のこころ】

歌人、馬場あき子氏による連載「和歌で読み解く日本のこころ」。第十六回は、徐々に寂しく人恋しくなっていく秋の日に、失恋をうたった男と女。男の純情と、女のしたたかさを鑑賞します。

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晩秋を憂う心に響く「失恋のなやみ」

暮れにとも契りて誰れか帰るらん思ひ絶えたるあけぼのの空 藤原家隆

かねてより思ひしことぞふし柴のこるばかりなる嘆きせんとは 待賢門院加賀

藤原家隆は鎌倉時代初期の歌人。藤原俊成に師事し、新古今和歌集の撰者のひとりとなり、俊成の子で『小倉百人一首』の撰者で知られる定家と並び称された。『和漢朗詠集 巻上(わかんろうえいしゅう まきじょう)』 伝藤原家隆筆 鎌倉時代・13世紀 九州国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

旧暦の十月といえばもう冬である。しかし、まだ秋の気配はそこここに残っていて、月光は美しく、末枯(すが)れゆく秋の花野の香もなつかしい。人々は肌寒いタベの風にどことなく人恋しい思いを抱き、時には実らなかった恋を思う。掲出の歌をみよう。

暮れにとも契りて誰れか帰るらん思ひ絶えたるあけぼのの空 藤原家隆(ふじわらのいえたか)
(夕暮れには必ずまた、などと約束して帰ってゆくのは誰? 私は来ぬ人を待ち明かして絶望の恋。むなしく美しいあけぼのの空を眺めるばかりです)

この歌では家隆は女の立場を取って詠んでいるというが 、今日の読みとしては男の失恋も美しい。女性の失恋の歌をみておこう。

なほざりの空頼めとて待ちし夜のくるしかりぞ今は恋しき 殷富門院大輔(いんぶもんいんのたいふ)
(おざなりの空約束にちがいないと思いつつあの人を待っていた夜。来ぬ人を心では貶めつつも待ち続けた自らに苦い思いをもっている 。そんなことさえ時間が経ってみると忘れがたい)

『新三十六歌仙図帖(しんさんじゅうろっかせんずちょう) 殷富門院大輔』 狩野探幽 江戸時代・寛文4(1664)年 東京国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

失恋もまた思い出の一つとして忘れがたく心に残るもののようだ。そしてまた、歌は時にふしぎな運命をみちびき出す。たとえば次のような逸話である。

若い一人の女性が、題詠の稽古でもしていたのか、ふと出来た一首は失恋の歌だった。掲出したもう一首の歌である。

かねてより思ひしことぞふし柴のこるばかりなる嘆きせんとは 待賢門院加賀(たいけんもんいんのかが)
(かねてからこの恋は不幸に終わると予想されておりました 。柴木を樵(こ)るといいますが、あなたに忘れられ懲り懲りするようなつらい思いを味わっております)

自作に満足した加賀はこの歌を評価される場を考えてみた。歌合(うたあわせ)の作者になるキャリアもない。そこで加賀が考えたのは有名人との失恋の主人公になることだった。古今著聞集(ここんちょもんじゅう)や十訓抄(じっきんしょう)、その他多くの歌集では「いかがしたりけん」と恋の相手に驚きをかくさない。その人は後三条天皇の孫で賜姓(しせい)の源氏、花園左大臣従一位(はなぞののさだいじんじゅいちい)源有仁(みなもとのありひと)である。

有仁は才学に長け風雅を愛する時の人であった。加賀は有仁の愛人の一人となり華やかな地位を獲得した。しかし、初志のとおりなら噂の人であるあいだに捨てなければならない。加賀は悩まなかったであろうか。そして加賀は歌を残すという初めからの計画に従った。若く多忙な左大臣はしばらくの交流ののち、やがて加賀のもとを訪(おとな)うこともなくなってゆく。加賀は折をみてあの歌を有仁に届けた。有仁は「いみじくあはれ」に思ったとされている。

この歌は人々の噂の種となり、人々は歌をほめて「伏柴(ふししば)の加質」と呼んだ。俊成(しゅんぜい)は千載集(せんざいしゅう)の中にこの歌を入集させた。加賀のその後の人生は不明。この歌一首のみが残されている。

馬場あき子
歌人。1928年東京生まれ。学生時代に歌誌『まひる野』同人となり、1978年、歌誌『かりん』を立ち上げる。歌集のほかに、造詣の深い中世文学や能の研究や評論に多くの著作がある。読売文学賞、毎日芸術賞、斎藤茂吉短歌文学賞、朝日賞、日本芸術院賞、紫綬褒章など受賞歴多数。『和樂』にて「和歌で読み解く日本のこころ」連載中。映画『幾春かけて老いゆかん 歌人 馬場あき子の日々』(公式サイト:ikuharu-movie.com)。

構成/氷川まりこ
※本記事は雑誌『和樂(2023年10・11月号)』の転載です。

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和樂web編集部

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