前編はこちら。
まずはぼーっとしながら火を起こす。スマホ時代のデトックスになる?
阿部:最近は毎朝、自分でお茶をいれています。佃さんのお茶のいれ方を見られるのがとても楽しみです。

佃:ではまず火を起こしましょう。
阿部:僕は鉄瓶でお湯をわかすのですが、こちらの道具は?

佃:素焼きの道具で、ボーフラといいます。見た目がカボチャに似ている。ポルトガル語でカボチャという意味の「アボボラ」がなまってボーフラと呼ぶようになったという説があります。
阿部:素焼きなのですね。鉄瓶はつかわないのですか?
佃:茶道では鉄の釜をつかってお湯にとろみを出して、抹茶を練りやすくするのだと思います。でも、文人茶であつかう玉露などは、素焼きのボーフラを使うことが多い。さっと鋭くお湯を沸かす感覚ですね。
阿部:なるほど、お湯自体の味も道具で変えていく。
佃:では、これであおいでください。

阿部:小さなうちわ、優雅ですね。
佃:火を起こそうなどという欲望を持ったらダメ(笑)。文人茶で一番大事にするのは、清らかであることです。竹林の中を吹き抜ける風を「清風」と呼ぶのですが、清風を感じながらぼーっとしてください。

阿部:うちわを小さく振りながら、ぼーっとする。とてもいいなあ……。
毎日、味が違う。正解を求めない江戸時代・文人茶のゆるさ
佃:今日は玉露を用意しました。

阿部:小さな急須にそんなにたくさん玉露をいれるのですか!
佃:このお茶のいれ方は、明治時代にできました。狂気に近いですよね(笑)。小さな急須にこれでもかというほど、良い茶葉をいれます。
阿部:急須に、茶こしはついていない?
佃:茶葉がぱんぱんに詰め込まれていて、小さな急須の穴から茶葉はこぼれてきません。だから茶こしは不要ですね。そしてお湯を少しだけ注ぎ、数滴だけを絞り出します。

阿部:贅沢! 中国茶などは、一煎目を捨てることもあると思います。文人茶では一煎目から飲むのですか?
佃:そうですね。中国茶や紅茶の世界では、「何煎目でも味が安定している」ことが高く評価される場合があります。でも日本の煎茶、とくに文人茶では違う。一煎目、二煎目、三煎目と、味が変わること自体を楽しむのです。味が安定しないことに、むしろ価値を置いたと思います。

阿部:自由ですね。
茶葉をお湯に浸す時間を変えて、“自分の物差し”で楽しむ文人茶
最後の一滴まで大切に落とし、いよいよ一煎目ができあがりました。
阿部:ゴールデンドロップという言葉を聞いたことがあります。最後の一滴が大事って。では、いただきます。

佃:どうぞ。
阿部:……おいしい! 今まで飲んだことがない味です。

佃:甘いでしょう? 今回は茶葉が入った急須でお湯に浸す時間を長めにしました。そうするとトロっと甘くなるのですよ。
阿部:たしかに甘い。味が凝縮されていますね。おいしいなあ……。
佃:もっと短い時間で茶碗にお茶をいれたら、あっさりした“王朝”風の味になると思います。今日はこんな友達がくるから、こういう風にお茶をいれてみようとか。その場の雰囲気の中で、主観的に味をきめていく感じです。
阿部:素敵。物差しが自分、という感覚ですね。
文人茶にハマった伊藤博文がどうしても欲しかった急須
佃:抹茶の茶道具だと、中心は茶碗だと思います。ですが、文人茶の場合は急須が一番中心になります。たとえば伊藤博文が、小さな急須をすごく欲しがっていた記録があるのですよ。

阿部:えっ、あの伊藤博文が…。
佃:そうです。明治の政治家や文化人たちの間で、文人茶はかなり流行していました。伊藤博文が欲しがった急須はとても小さく、今日使った急須の四分の一くらいの大きさです。17世紀ころの中国製、とても良い急須。
阿部:そんなに小さいものを欲しがったのですか?

佃:たったひとりで飲むための急須です。数滴のお茶を楽しむ道具が欲しかったのでしょう。
阿部:急須ってとても奥が深いのですね。
佃:明治時代、文人茶の道具は中国文化への憧れから中国製のものを好みました。でもお茶のいれ方は日本独自に変わっていったようです。玉露をぎしぎしに詰め込んでゆっくり時間をかける……偏執的なスタイルは日本ならでは(笑)。
書斎でお茶を飲んだのがルーツの文人茶、じつは“誇大妄想”のカルチャー?
阿部:持ってきてくださったお軸も拝見していいですか?

佃:この掛け軸には、淡水魚が描かれています。あっさりしているでしょう?

阿部:空白が多い絵ですね。
佃:江戸時代、明治時代、文人茶を楽しんだ人の多くは大坂の商人でした。彼らは、こういった地味なものを好んだのです。今の関西人のイメージと違いますけれども(笑)。

阿部:たしかに。今、関西ときくとギラギラしたイメージがあったりします。
佃:この絵には中国古典で有名な、荘子(そうし/※1)のエピソードが元になった漢詩が書かれています。橋の上でふたりの人物が魚を見ていて、ひとりが「魚が楽しそうだ」と言う。すると相手が、「君は魚じゃないのに、なぜ魚の気持ちがわかるんだ」と返す。

阿部:屁理屈ですね(笑)。
佃:そう。すると今度は「君は私じゃないのに、なぜ私が魚の気持ちをわかっていないとわかるんだ」と、さらに理屈をこねていきます(笑)。そして最終的に、スタートポイントで実はすべてが決まっている、というオチに持っていく。(※2)
阿部:おもしろい。
佃:この絵をのぞき込んだら、いつのまにか自分が絵の中の人と友達になって,屁理屈のやりあいをする気分になる。文人茶はもともと、書斎で本を読みながらお茶を飲むことがルーツです。掛け軸を見て、自分次第でストーリーを組み立てて、お茶を飲みながら楽しむ。文人茶は、誇大妄想のお茶とも言えます(笑)。はい、二煎目をどうぞ。
楽しいお話をしながら、さりげなく二煎目のお茶を用意してくださった佃さん。その身のこなしが、とても風流です。
阿部:いただきます。……本当においしい! 一煎目は青くて甘い感じでしたが、二煎目はお茶らしい苦みがあっていいですね。

佃:よかったです。今は日本文化について「こうしなきゃいけない」というマニュアルが増えすぎている気がします。でも、文人茶は「これが正しいお茶のいれ方です」とやり方を固定しません。その日の気分、その場の空気、掛け軸、会話で味を変えていきます。
阿部:煎茶は家で普段から飲めるもの、というイメージがありました。でも、ここまで極めることができるのだと驚きましたね。一方で、文人茶はこんなに自由でいいのだ、というラフな一面があるのも素敵です。
佃:江戸時代から文人茶が流行ったのも、自由にやりたいという気持ちが当時の人にあったからだと思います。
阿部:今日は文人茶のことがいろいろ知れて面白かったです。僕も明日から家で、いろいろないれ方で自由にお茶を飲んでみようと思います。ありがとうございました。
※2『荘子』外篇 秋水 より
撮影協力/新ばし 金田中
写真/岩田安史(touq)
取材・文/給湯流茶道
一茶庵・佃梓央
一茶庵宗家の後継者。煎茶家。号は 如翺(じょこう)。慶應義塾大学文学部卒業。関西大学非常勤講師。茶の湯文化学会幹事。サントリー美術館、泉屋博古館、和泉市久保惣記念美術館など、様々な美術館で煎茶會を開催。2024年夏には、大英博物館で開催された煎茶會で亭主を務める。
一茶庵 公式サイト/https://issa-an.com/
阿部顕嵐お知らせ
● JR東海「そうだ 京都、行こう。」とのコラボプラン
今年もぜひ夏の京都を楽しんでください。
>>> https://souda-kyoto.jp/other/summer2026/?utm_source=abealan&utm_medium=social&utm_campaign=202607_cjr&utm_term=launch&utm_content=#collaboration
● ALAN ABE DIGITAL MAGAZINE “Storming”
毎週ラジオやVlogを配信しています。ぜひ✔︎
>>> https://storming.alanabe.com/
● OFFICIAL SITE
>> https://alanabe.com

