変わりやすいものの例えとして「女心と秋の空」なんて言われることもありますが、いつの時代も「美しくなりたい」「美しく見せたい」という女心は変わりません!
そんな女子たちの心強い味方がコスメ。コスメ売り場には、色とりどりの商品が並んでいますし、最近は、コスメの使いこなし術をアドバイスする動画もありますね。
自然由来・天然由来の成分が配合されたナチュラルコスメも人気です。
もしかしたら、「糠袋(ぬかぶくろ)」もナチュラルコスメの一つかもしれません。江戸の女子たちは、ハンドメイドの糠袋を使ってお肌をツルツルに磨いていました。
「糠袋」って、何?
糠袋の「糠」とは、精米するとできる米糠のこと。
米糠には、皮脂や汚れを浮き上がらせる効果があるタンパク質、脂や汚れを吸いつけるデンプンなどの他、保湿成分である油分を含み、美肌効果や美白効果があると言われています。そんな米糠を、10㎝前後の長方形の小さい袋に入れたものが糠袋です。口の両端に渡した糸紐(いとひも)で袋の口を締めてからお湯に浸し、顔や体を洗う時に使いました。
糠袋はハンドメイド!
糠袋は、自分で縫って作ります。
糠袋に使う布は、柔らかく吸水性に富む晒木綿(さらしもめん)や紅木綿(べにもめん/赤く染めた木綿)のような糸の細い木綿が良いとされていました。いくら色や模様が素敵でも、藍に染めた木綿や縞模様の木綿のようなゴワゴワした布は肌荒れの原因になるので、糠袋に使うのはNGです。
糠袋は、「紅葉袋(もみじぶくろ)」とも呼ばれました。名前の由来は、
・糠袋を紅木綿などの赤い布で作ったので、その色によるもの。
・糠袋は、もみだして使うものであることから。
など、諸説あるようです。
湯屋(ゆや/江戸時代の銭湯)に行く時は、バスタオル代わりの浴衣、手ぬぐいのほか、糠袋を持って行きます。
歌川豊国の色摺り絵本『絵本時世粧(えほんいまようすがた)』は、当時の女性の姿や風俗について描いた本です。絵は、湯屋の外の入口付近を描いたもの。湯屋から出てきた右側の二人の女性は、湯上りに着た浴衣を持っています。右から二人目の女性は、糠袋の糸紐を口にくわえていますね。
湯屋で中身の糠を買って入れる場合は4文(約100円)。湯屋には、糠袋を忘れた方のための貸出用の糠袋もあったようです。
湯屋の女湯の様子を描いた絵には、様々な年代の女性が描かれています。何かトラブルがあったのか、桶を振り上げて暴れる女性を周りの女性たちが懸命になだめようとしています。遠巻きに見ている女性たちは、「やれやれ……。」とあきれた顔をしているような?
ところで、この絵の中央上部に、米糠の入った箱が置かれているのがわかりますか? 使用済みの米糠は、浴場の隅に置かれた箱に捨てます。
『都風俗化粧伝』に学ぶ、糠袋の使い方
江戸時代後期に刊行された女子向けのおしゃれガイドブック『都風俗化粧伝(みやこふうぞくけわいでん)』では、糠袋を使った洗顔方法のほか、糠袋に使う布の選び方などを案内しています。
『都風俗化粧伝』には、「本当に効果があるの?」と思ってしまうような美容法も載っていますが、糠袋については「なるほど!」という内容となっています。
(以下、引用は『都風俗化粧伝』(東洋文庫、平凡社)より)
糠袋を使った洗顔方法
糠袋を使った洗顔方法は、次のように案内しています。
糠袋をつかうに、顔につよくあてて洗うべからず。顔のきめを損ず。静かにまわしてつかえば糠汁(ぬかじる)よく出て、密理(きめ)をこまかにし、顔につやを出だす。この糠袋の中へあらい粉、あぶら落とし薬を入れて顔の肌を洗えばあぶらをよく去り、色を白くし、きめを細かにする良き法也。
さて、顔をとくと洗い、髪際(はえぎわ)へかけてよく洗い、干(ひ)あがりてのち、指の先にて髪際の内にたまりたる糠の洗いだまりをよくすり落とすべし。
糠袋をお湯に浸してから絞り、顔や首などを円を描くようにやさしくなでます。すると、糠袋から米糠の成分がしみ出してきて、肌のきめを細かくしたり、肌をつやつやにする効果があるのだとか。ただし、糠袋を顔に強くあてて洗うのはNGです。
糠袋で洗った後は、髪の生え際まで丁寧にお湯で洗い流します。万が一、髪の生え際に洗い残しの糠があった場合は、乾いてから落とすと良いそうです。
なお、洗顔の際にお湯を使う時は、熱すぎるお湯は、しわの原因になるので禁止。熱いお湯を使った洗顔は、現在でもNGとされていますね。
丁寧な洗顔で、艶肌を作る!
白粉(おしろい)をきれいに塗り、肌を白く見せるためにも洗顔が大事。
『都風俗化粧伝』でも、お風呂に入った時や朝の洗顔の時には、糠袋を使って顔の汚れや余分な皮脂をしっかり落としてから白粉を塗るよう案内しています。
しようは湯風呂或いは朝手水(ちょうず)つかいたる時、よくぬか(糠)にて面(かお)を洗い、あぶら垢をおとし、さて白粉とき置きて、顔にとくとぬり、肌のきめへ、手にてよくよくすりこむべし。かくのごとくして、少し間ありとも、または直(すぐ)になりとも、顔のぬかか手拭かにて顔をよく洗うべし。さてそののち、また薄く白粉をすりこみ、手拭にて拭き取れば、色を白くし化粧のとき白粉よく落ちつく也。かくのごとく日々なせば、色白玉(しろく)なること、試みて知るべし。
ちなみに、糠袋を使った洗顔には、美白の効果もあるのだとか。
糠袋を使った丁寧な洗顔の後に白粉を薄くぬることで、江戸女子たちはナチュラルな艶肌を目指していたことがわかります。
血色メイクの前に、糠袋で洗顔
さらに、「湯化粧(ゆげしょう)の伝」では、頬がポッと染まったように見える「血色メイク」の方法を案内しています。
しようは、湯をつかい、糠袋にて顔をとくと洗いて白粉(おしろい)をうすくほどこし、手拭(てぬぐい)をあつき湯にてしぼり、化粧したる上をおさえ置くべし。白き顔はうっきりと白粉つきてはなはだきれいにみゆる也。
お湯を使って糠袋で顔を丁寧に洗ってから薄く白粉を塗り、熱い湯にひたして絞った手ぬぐいでメイクをした顔におさえるようにして置くと、顔がほんのりと桜色に! 「血色メイク」の完成です。
「うっきり」とは、艶っぽさや色っぽさ、生命感や温度感を意味する言葉です。「血色メイク」で、色っぽく見せたい江戸女子もいたようですね。
糠袋のお手入れもお忘れなく!
糠袋を使い終わったら、中の米糠を捨て、袋の縫い目などに糠が残らないように洗います。
糠袋は、つかいしまいて、表うら、縫いめに糠の滓(かす)の残りなきように洗い落とすべし。袋の仕舞(しまい)じだらくにし、少しも滓のこり、糠の気(け)ある袋を使えば、顔をあらし、腫物(しゅもつ)を生ずるものなり。
米糠は温かい湯につけると、酸化してしまいます。このため、使い終わった糠が残った糠袋使って洗顔をすれば、肌を刺激して肌荒れや吹き出物の原因になってしまうのです。
糠袋を使ってお肌のお手入れをした後は、糠袋のお手入れもお忘れなく!
ちょい足しして、糠袋の効果up!
糠袋に入れる米糠は、絹を使ってふるってから使います。ふるわずにそのまま使うと、小さい米のかけらが混じることがあり、肌が傷がついてしまう恐れもあるため。手間がかかりますが、美肌作りのために手間を惜しんではすべてが台無しになってしまうのです!
そして、米糠の中では、「もち米」の糠が一番良いとされていました。
さらに美容効果を上げるために、糠袋の中に鶯糠(うぐいすぬか)や市販の洗粉を入れる女子もいたようです。鶯糠は、肌のきめを細かくすると言われる鶯の糞(ふん)をまぜて精製して作った化粧用の糠です。
錦絵に描かれた、江戸女子の糠袋を使ったお手入れ姿
糠袋を使ったお手入れ中の女子の姿を描いた錦絵もありました。
コマ絵には、満開の桜を見に来た人でにぎわう御殿山の様子が描かれています。御殿山は、芝と品川の中間にある台地で、江戸初期に徳川将軍家の屋敷があったことから、御殿山と呼ばれるようになりました。八代将軍・徳川吉宗が御殿山に桜の木を植樹してから、花見の名所として、庶民の行楽地となりました。
糠袋で洗顔中の美女は、芸者のようです。これからご贔屓に誘われて、御殿山にお花見に行く準備中でしょうか?
江戸時代のメイクの基本は、白粉をきれいに塗ること。白粉のノリがよくなるよう、丁寧に洗顔をします。江戸時代の女性たちは、首や襟足にも白粉を塗っていたので、顔だけではなく、首や襟足まで洗います。着物を着たままではしっかり洗えず、着物も濡れてしまうので、上半身裸になっています。
糠袋を使った後は、お湯で洗い、そばに置いた手ぬぐいで拭いて準備完了。その後、鏡台に向かって、メイクをします。早くしないと、お花見が始まってしまいますよ!
糠袋は、ロングセラーのナチュラルコスメだった!
この記事では、糠袋という、米糠の美容面での利用法を紹介しました。
米糠にはビタミンやミネラル類、脂肪、たんぱく質など豊富な栄養素を含んでいることから、糠漬けの糠床、磨き粉、飼料や肥料などとして幅広く使われています。
洗顔や体を洗うときに石鹸のかわりに糠袋を使う習慣は、大正時代頃まで続いたと言われていますが、糠袋は、現在でも販売されているようです。糠袋は江戸時代のコスメという印象があったのですが、実はロングセラーのナチュラルコスメであることがわかりました。
主な参考文献
- ・『日本大百科全書』 小学館 「糠袋」「銭湯」の項目
- ・『ニッポンの浮世絵』 太田記念美術館監修 日野原健司、渡邉晃著 小学館 2020年9月
- ・『絵解き「江戸名所百人美女」:江戸美人の粋な暮らし』 山田順子著 淡交社 2016年2月
- ・『イラストで見る花の大江戸風俗案内(新潮文庫)』 菊地ひと美著 新潮社 2013年9月
- ・『都風俗化粧伝』(東洋文庫) 平凡社 1982年10月