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Fashion&きもの

2024.04.18

洋服は好きだけれど、ファッションには興味がない【竹本織太夫 着こなしの美学】1

文楽の太夫というと、肩衣(かたぎぬ)に袴(はかま)姿が印象的です。そんな竹本織太夫さんの凜々しい姿が見たくて、太夫と三味線に近い席を取る観客も多いのだとか。そして舞台衣装とは違う、普段の織太夫さんの洋服姿がおしゃれだと、もっぱらの評判です! 今回は、国立文楽劇場近くにある本経寺で行われた「初代豊竹若太夫墓参・公演成功祈願」に参列された時のファッションに注目してみました。

▼竹本織太夫さんの連載第一回を読むと、文楽への思いが伝わります。
師匠の思いを受け継ぎ、竹本織太夫の芸を守る【文楽のすゝめ 四季オリオリ 】第1回

古き良き時代の洋画がお手本

文楽界きってのファッションリーダーの印象が強い織太夫さんですが、何十年もウィンドウショッピングをする習慣がなく、ファッション雑誌を読むこともないのだそう。「洋服は好きだけれど、ファッションには興味がないという人ですね」と、禅問答のようなコメントも。そこには流行を追い求めているのではないという、ポリシーが感じられます。

「50年から60年代の海外の映画を見て、この洋服の合わせ方かっこいいなぁと、参考にすることはありますね」。クラシカルな雰囲気が漂うグレーのスーツは、長身の織太夫さんにぴったり。

手仕事で作られるスーツを大切に着る

「20代最後の時にちゃんとしたスーツを作りたいと思い、人に紹介してもらったのが『ペコラ銀座』の佐藤さんです」と織太夫さん。それ以来スーツは全てテーラー佐藤英明さんの手によるもの。

「太ったりやせたりもしますので、その都度調節してもらいますし、ズボンのもも裏が裂けた時は、わからないぐらいの熟練の技で直してもらいました」。良質なスーツを大切に長く着続けるのが織太夫さん流。スーツに合わせるネクタイやシャツなども、佐藤さんのアドバイスを受けてコーディネートしているそう。

「シャツはミラノにいるマンデッリさんが、ずっと作ってくれています」。凄腕のシャツ職人が丁寧に仕上げたシャツは、海を越えて織太夫さんの元へ届きます。

愛用している合切袋も素敵

この日手に持っておられたのは、鹿革に漆で模様を付ける伝統工芸品・印傳屋(いんでんや)※1の合切袋(がっさいぶくろ)。黒地に毘沙門亀甲崩(びしゃもんきっこうくず)しの模様が浮き出ています。七福神の一神でもあり、財宝や福徳をもたらす「毘沙門天」の甲冑を飾る模様を、漆の描く点と線で連ねた創作模様なのだそうです。

織太夫さんへ繋がる代々の太夫のお墓参りの時にも持参する一式

合切袋の中には、龍村美術織物※2の数珠入れが入っていました。銀製の香筒(こうづつ)に入った線香も、必ず一緒に入れているそうです。

※1:印傳屋は天正10(1582)年創業の甲州印傳の老舗。
※2:美術織物制作を専門とする老舗メーカー。帯や舞台の緞帳(どんちょう)も手掛けている。

和樂web編集長が解説!

     
これまでファッション誌を歴任してきた和樂webの鈴木深編集長は、文楽公演初観劇で織太夫さんの巧みな語りに魅了され、終演後にご挨拶した時には、私服姿のド変態的ハイセンスぶりに衝撃を受けたのだとか。今回のファッションも「ただ者じゃない!」と大絶賛。そこで、ご本人了解のもと、長年ファッションに携わってきた目線で、解説をしてもらいました。

「とにかくめちゃくちゃ好みがハッキリしていますね。これは、服を着こなす上で最強です。ルールに収まっていないのに上品で、守りに回らないぞ!という意思を感じます」と賛辞が止まりません……。では、まず全体のスタイルについて聞いてみました。

「全体にすきの無いストイックなスタイルですが、随所に柔らかなディテールが盛り込まれています。スーツでありながら、上半身は身体を立体的に見せるナポリ風、下半身はすっきり見せるミラノ風。すでにこの時点で掟破りの自由な着こなしです。スーツの生地もシャツの色み(やわらかな白)も上質を極めたコートのカシミア素材も非の打ち所がないが、何よりも圧巻はすべてのシルエットの美しさ。コートを着たときのシルエットが、まるで中にジャケットを着ていないかのようなすっきりとした印象。こんな着こなしはファッションのプロでさえ難しいです」。織太夫さんの着こなしは、パーフェクトみたいです!!

興奮気味の編集長にスーツをより深掘りしていただくと、「生地はフラットなグレーではなく、縦糸と横糸で微妙に違う色で織られていてニュアンスのある風情。それでいて極薄で軽やかで上品。ボタンは普通ならチャコールグレーのボタンを合わせるところを、あえての飴色。目立つ色ではないからこそ、強烈なこだわりを感じます。ジャケットはナポリスタイルで、肩は薄い芯で、いかついパッドは入っていません。肩と袖のドレープでナポリ風のふんわり感が存分にあるが、ウエストはしっかり絞ったシルエット。ここはけっこう攻めている気がします。ラペル(下襟)のゴージ※3の高い位置と、胸元で立体的に湾曲したバルカポケットは、いかにもナポリ的。二つボタンに見えるけれど、実は段返り三つボタン※4なのも心憎いです」

フー。解説が熱い!続いてパンツについては、「パンツはミラノスタイル。ジャケットのふんわり感に、あえての細めシルエットのパンツをあわせて独特のバランスで着こなしています。丈は靴にわずかにかかるソフトなワンクッション。ノータックのほっそりシルエットに控えめなダブル幅で上品な印象にまとめていますね」

※3:スーツの上の襟と下の襟をつなぐ縫い目のこと
※4:下襟の裏側に隠れるようにして、三つのボタンのうちの一つのボタンを付けること。

靴は法要でありながら、別あつらえのベルベットの紐で、『ブリフトアッシュ』の長谷川裕也さんにお願いしたものなのだとか。「ここでも“やわらかさ”をプラス。バッグの紐とバランスをあわせたのか?」と興味しんしんの編集長。意外にも織太夫さんは、「はきやすいからこの靴にしただけ」とのコメント。自然体でありながら、ファッションのプロをうならせるってスゴいです。

最後はコートについてです!「これはナポリの極上ブランド、キートンです。こちらも間違いなくビスポーク※5でしょう。スーパークラシックなチェスターフィールドコートは、黒に見えますがミッドナイトブルーですね。素材をカッチリとしたウールではなく、ふんわり上質のカシミアにしたことで、ここでもさらに“やわらかい印象”をプラス。先述の通りで、この着こなしの最大の魅力はシルエットです。スーツの上に羽織ってもこの見事なシルエットをつくるのは、仕立ての良さと着こなすご本人の体型があればこそ。そしてそれ以上にスゴいのは、“一見シンプルな服を決して地味に終わらせない”織太夫さんの強烈なるキャラとこだわりです!」

織太夫さんの普段のファッションには、奥深いポリシーが宿っていることがわかりました。カジュアルな普段スタイルにも強烈なお好みがありますので、次回の「着こなしの美学」をお楽しみに。

※5:顧客がテーラーと話をしながら、自分の体型や好みに合わせて服を仕立てること。

取材・文/ 瓦谷登貴子 取材協力/ 本経寺 国立文楽劇場

竹本織太夫さん情報

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竹本織太夫

竹本織太夫(たけもと おりたゆう)人形浄瑠璃文楽 太夫。1975年生まれ。大阪市出身。大伯父は四代目鶴澤清六。祖父は二代目鶴澤道八。伯父は鶴澤清治、実弟は鶴澤清馗。1983年、8歳で豊竹咲太夫に入門。初代豊竹咲甫太夫を名乗る。1986年、10歳で国立文楽劇場小ホールにて初舞台。2018年六代目竹本織太夫を襲名。実業之日本社から『文楽のすゝめ』シリーズを3冊既刊。NHK Eテレの『にほんごであそぼ』に2005年からレギュラー出演するなど多方面で活躍。国立劇場文楽賞文楽優秀賞等受賞歴多数。
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