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2021.04.21

ちょっと、こじつけすぎ~!鎌倉時代の不思議な語源辞典『名語記』は、コアな情報系同人誌?

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日本の辞書の歴史は古く、記録にある最も古い辞書は飛鳥時代。682年に天武天皇の命令で作られた『新字(にいな)』です。現存はせず、どのような辞書なのかも不明です。

気になる! 読んでみたかった!!

現存する最も古い日本の辞書は『篆隷万象名義(てんれい ばんしょう めいぎ)』という漢字辞典。天長7(830)年に空海が作りました。

そして平安時代に入ると、最古の漢和辞典である『新撰字鏡(しんせん じきょう)』や、最古の国語辞典『色葉字類抄(いろは じるい しょう)』ができました。

そして今回紹介するのは、鎌倉時代中期に成立した日本最古の語源辞典『名語記(みょうごき)』です。

国重要文化財に指定されているみたいですね。どんな辞典なんだろう! ワクワク

不思議な辞典『名語記』の作者

『名語記』は経尊 (きょうそん)という一人の僧侶によって作られました。経尊は京都の伏見稲荷大社に住む僧侶で、鎌倉幕府と密接な関係にあり、悉曇(しったん=梵字)や和歌の教養がある人物です。一説には元々はかなり地位の高い公家の出身ではないかといわれています。

やっぱり和歌は必須の教養なのか!

経尊はたった1人で『名語記』を書き上げると、鎌倉幕府の図書館、金沢文庫に送りました。

そんな高貴そうな人が作った語源辞典。さぞや信ぴょう性の高いものかと思いきや、読めば読むほど「いや、それはちょっと……」と首をかしげたくなるような事が書かれています。

『名語記』の内容

『名語記』は全10巻。イロハ順に言葉の語源が書かれています。1巻は1文字の言葉、2巻は2文字というように、最終的には5文字の言葉まで網羅しています。

例えば1巻の「ハ」の項目を、ちょっと現代語訳を交えて紹介しますと……こんな感じです。

歯はヒラの反切(はんせつ)である。それは平たいからだ。またはヒサの反切。齢に歯の字があるから。年齢は歯でわかるし、馬の年を推測するにも歯を使う。またはハヤの反切。歯があれば物を食べる時に早くなるから。

歯で馬の年齢が推測できる!? 知らなかった! 
「歯があれば物を食べる時に早くなるから」これはなんかこじつけっぽいような……。

反切って?

反切とは、中国の辞書で使われる読み方の事です。

日本の国語辞典では「東【ひがし】」というように読み方が書かれます。しかし中国には漢字しかありません。そこで「東。徳紅切」と書きます。

「徳(toku)の頭のt」と「紅(kou)の末尾のou」を切って繋げて「東(tou)」と読むという意味です。

*正しくは「徳(tək)」と「紅(ɣ)」で「東(toŋ)」と読みます。

それを、経尊は日本語に当てはめて考えたのです!

『名語記』を読んでみよう!

さらにハ(ha)の項目にはこんな事が書かれています。

草木の「葉(ha)」。これも平たいからヒラ(hi ra)の反切。松の葉は平たくないけれど、これは例外。だいたいの葉は平たいし、少数例だから無視してOK。

鳥の「羽(ha)」。これも平たいからヒラの反切。またはフラフラと飛ぶからフラ(hu ra)の反切 あるいは二つで一つだからフタ(hu ta)の反切。

まぁ言われてみれば……。私にはこじつけに感じます(笑)。

もちろん、当時の日本にローマ字という概念はありませんが、分かりやすく併記してみました。

2文字の言葉だと、さらにこんな事も書かれています。

鼻(hana)はホラナカ(ho ra na ka)の反切
ホラは洞。鼻の中は空洞だから。ナカは長。鼻は顔の真ん中にあるから。

一見もっともですが、ちょっと首を傾げたくなってきませんか? 最終的に5文字の言葉は、こんな感じです。

稲光はイナヒカリ(yi na +ヒカリ)と読む。イナはヨヒネヤ(yo hi ne ya)の反切。又はユリナカ(yu ri na ka)の反切。

ちなみに、「ヨヒネヤ」や「ユリナカ」とは何なのか……ちょうど「イネ」の語源が載っているであろう部分が長い年月の中で欠落してしまって、謎のままです。

経尊さん、想像力たくましいな!

なぜ『名語記』は作られたのか?

『名語記』は鎌倉時代にどんな言葉があったのかを知るにはとても重要な史料です。特に「フラフラ」という擬態語って、鎌倉時代からあったんだ! と、軽い衝撃を受けました。

しかし、その語源の信憑性はというと、素人目からみても「う~ん?」と疑問符が浮かぶレベル。現に名語記を研究した言語学者全員から「こじつけが過ぎる」と評されているほどで、中国語研究者からは「なんで日本語で反切をやろうと思ったんだろう……」と首をかしげられる始末です。

同じく(笑)。経尊さんの「こじつけ力」に感動しました。

しかし名語記には作者である経尊の想いが綴られています。

老いの眠覚(ねむけざまし)の暁ごとに「ナ(名)」と「コトパ(語)」への思索を深めつつ筆をとり、一書を成した

つまり「ず~~~っと言葉について考え続けながら、この本を書きました」という事です。

結局この坊さんの妄想かい!? 送りつけられた金沢文庫の創設者・北条実時(ほうじょう さねとき)さんも、さぞや困惑したでしょうねぇ……。

私だったら「ヒエッ!! これ全部頑張ってこじつけたノォ!?」ってなります。

きっと北条実時もなったはずだ。

でも、私もオタクの端くれ……。経尊さんの気持ち、チョットワカル……というか……。

日本最古の語源辞典は、原本が現存する最古の同人誌……なのかもしれない

なぜ経尊が『名語記』を書き上げたか。それは「思いついちゃったから」なのかもしれません。

私にも覚えがあります。その発想ははたから見れば、てんでメチャクチャで荒唐無稽でも、思いついたら書かずにはいられない気持ち……。すごく……身に覚えがあります。

もしかして私って都合のいい馬?鎌倉幕府のエモキラ馬たちに「愛されモテ馬」になる秘訣を聞きました♡【妄想インタビュー】』とか
なぬ?ホグワーツ日本校だと!歴オタ的ハリー・ポッターJAPAN大解説!』とか、トンチキな記事を書いてしまいましたからね。

思いついた時の「ピコーン!」っていうエネルギー、かなり強いんですよ。経尊もきっと目が覚めてぼーっとしてる時に、

「歯ってなんで「歯」っていうんだろ。歯って平べったいな……。ひらべったい……ひら……。(ピコーン!)ヒラって反切したらハになるじゃん!」

って感じに勢いよく起き上がって、机に向かって、「ハはヒラ切」とか書いちゃったんですよ。その様子がありありと目に浮かびます。

私はそういう時、翌日には「ヤダ!! 昨日の私何言ってるんだろ!!」ってなりますが、そうならなかった樽瀬川さんと経尊はスゴイ。

そしてそれを延々と続けて10巻分。1年や2年で作れる量ではありません。人生の集大成と言って過言ではないでしょう。苦労して作った本を人に見せたくなるのは、もはや必然。同人誌を国会図書館に納本する感覚で、金沢文庫に送り付けたのでしょう……。

(*個人で作った同人誌でも、頒布数が15部を越えたら国会図書館に納本できます)

紫式部はよく「一次創作小説同人の最大手サークル」と例えられますが、経尊はまさに「マニアには堪らないコアな情報系同人サークル」と言えるでしょう。紫式部には尊敬の念を抱いていますが、経尊にはシンパシーを感じてしまう、樽瀬川でした。

「鎌倉殿の13人」13人って誰のこと? 人物一覧

「鎌倉殿」とは鎌倉幕府将軍のこと。「鎌倉殿の十三人」は、鎌倉幕府の二代将軍・源頼家を支えた十三人の御家人の物語です。和樂webによる各人物の解説記事はこちら!

1. 伊豆の若武者「北条義時」(小栗旬)
2. 義時の父「北条時政」(坂東彌十郎)
3. 御家人筆頭「梶原景時」(中村獅童)
4. 頼朝の側近「比企能員」(佐藤二朗)
5. 頼朝の従者「安達盛長」(野添義弘)
6. 鎌倉幕府 軍事長官「和田義盛」(横田栄司)
7. 鎌倉幕府 行政長官「大江広元」(栗原英雄)
8. 鎌倉幕府 司法長官「三善康信」(小林隆)
9. 三浦党の惣領「三浦義澄」(佐藤B作)
10. 朝廷・坂東の事情通「中原親能」(川島潤哉)
11. 頼朝の親戚「二階堂行政」(野仲イサオ)
12. 文武両道「足立遠元」(大野泰広)
13. 下野国の名門武士「八田知家」(市原隼人)

書いた人

神奈川県横浜市出身。地元の歴史をなんとなく調べていたら、知らぬ間にドップリと沼に漬かっていた。一見ニッチに見えても魅力的な鎌倉の歴史と文化を広めたい。

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大学で源氏物語を専攻していた。が、この話をしても「へーそうなんだ」以上の会話が生まれたことはないので、わざわざ誰かに話すことはない。学生時代は茶道や華道、歌舞伎などの日本文化を楽しんでいたものの、子育てに追われる今残ったのは小さな茶箱のみ。旅行によく出かけ、好きな場所は海辺のリゾート地。