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4,5月号2026.02.28発売

美の都・京都で出合う うるわし、工藝

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江戸時代

全405件、1-18件を表示中

江戸っ子が怪奇現象と恐れた「金縛り」の正体は?

「金縛(かなしば)り」になったことはありますか? 筆者は若かりし頃に、何度か経験しましたが、その恐怖たるや!! 二度と経験したくないですね......。睡眠中に意識は目覚めているのに、身体が動かせなくなる状態を、金縛りと呼びます。 古くは江戸時代の人たちも、悩まされていたとか。これは怪奇現象なのか、はたまた別の要因があるのか? その謎をひもときます!!
瓦谷登貴子

江戸後期、春画界を席巻! 破天荒な絵師・英泉が描くジェンダーレス美男子が綺麗すぎる

渓斎英泉(けいさい えいせん/1791-1848)は、江戸時代後期に活躍した浮世絵師。葛飾北斎(1760-1849)を慕いながらも独自の画風を確立、展開した。北斎も春画の名作を描いているが、春画の数においては文政から天保まで北斎をはるかに超える作品を、英泉は出版している。妖艶な女性描写とさまざまな趣向を凝らしているのが特徴。世界的な春画コレクターで大英博物館の春画展にも協力した、浦上満さんが所蔵する英泉の春画を見せてもらい、彼の魅力に迫る。
給湯流茶道

謎の死を遂げた「松平忠恕」が悲運の藩主と呼ばれる理由【「島原大変肥後迷惑」続編】

寛政4(1792)年4月1日(現在の暦で5月21日)。
長崎県島原半島を襲った大災害。
島原の町は山崩れと大津波で壊滅状態となった。
俗にいう「島原大変肥後迷惑」である。

その18日後の同年4月19日(現在の暦で6月8日)。
1人の男が巡視のために島原城下を訪れた。

四月十九日城内外ヲ巡視スルヤ大手門ニ至リ市街ノ災場ヲ見テ涙下リ
(島原市仏教会編「たいへん : 島原大変二百回忌記念誌」より一部抜粋)

大手門外の床几(しょうぎ)に腰をかけ、ゆっくりと城下を見渡す。
土砂で埋まり、家屋は流され、見る影もない島原の町。
言葉を失うほどのあまりの惨状に、ただ涙をこぼしたという。

男の名は「松平忠恕(まつだいらただひろ)」。
「島原大変肥後迷惑」で被災した当時の島原藩藩主である。

その涙から8日後の同年4月27日(現在の暦で6月16日)に死去。享年51。

一体、彼に何があったのか。
その真相を探るには、彼が生きた時間を遡る必要がある。

島原藩藩主「松平忠恕」が歩んできた人生。
それを知って初めて。
彼の涙の意味、死の真相に近付けるのだ。
Dyson 尚子

犠牲者約1万5千人!史上最悪の自然災害「島原大変肥後迷惑」の跡を訪ねて

「対岸の火事」という言葉がある。

対岸で起こった火事、つまり、こちらの岸ではないのだから、災いの及ぶ心配がない。
そこから、自分には関係がなく、何の苦痛もないという意味を表す。

そう、普通なら。
対岸の出来事は、そこで終わるもの。
だが、しかし。
今から234年前のこと。
対岸など関係なく、海を飛び越え、両岸を襲う大災害が起こったのである。
Dyson 尚子

信長の「比叡山延暦寺焼き討ち」から逃れた仏像が長崎に?時代を超えた謎を追って

今回は、珍しくストレートに。
冒頭で記事のテーマを発表することにしよう。

なんでも、とある場所に。
あの信長の「焼き討ち」から逃れた……があるそうな。

「えっ?」(by読者の皆さん)

だからぁ。
ほら、あの織田信長が比叡山延暦寺を焼き討ちしたやん?

「えぇ…(いや、聞きたいのはそこじゃなくて)」(by読者の皆さん)

どうやら、その時にさぁ。
延暦寺から持ち出された……があるらしくて。

「えぇ…(大事な部分が聞こえないんですけど)」(by読者の皆さん)

もうビビり過ぎて、声も出ーへんやろ?
今回の記事は。うーん。せやな、一言でいうと。
その貴重な……を拝みに行くっちゅうコトで。
Dyson 尚子

「無慈悲な要注意人物」細川忠興の意外なミスとその理由は? 実際の手紙を読んでみた

「細川忠興は、無慈悲な人間です(※1)」 これは徳川四天王の一人、井伊直政が言い放った言葉だという。関ヶ原の戦いで活躍した忠興に、褒美を与えようと徳川家康が考えを述べた時のこと。「忠興は無慈悲な人間だから要注意。なるべく中心地から遠くの土地を与えるのがいいでしょう。」と直政が進言したそうだ。

忠興は戦乱の世で勝つために、時には家族も切り捨てる冷徹な人間。最強の外様大名として恐れられていたのだろう。そんな“ストロング忠興”でも、うっかりミスをすることがあった。そんな歴史の新発見をお伝えしよう。

※1:『綿考輯録』巻十七より
給湯流茶道

別人として蘇生した?江戸時代以前からあった、トンデモ入れ替わり昔話

人は死んだらどうなるのだろう。人が死ぬと魂が肉体を離れるという話を聞くけれど、どうにも信じがたい。それに、疑問も残る。真っすぐあの世へ行ければ問題ないが、もしものっぴきならない事情でその辺を浮遊することになったらどうすればいいのか。
今回紹介するのは蘇りの物語。でも、ただの蘇りではありません。行くあてのない魂が見つけた、空っぽの屍の末路である。たとえば生胆を拾い、持ち主と入れ替わった猿。死んだ首吊り死体にすべり込んだ猫又。せっかく蘇ったというのに中身は別人。まさに、おれがあいつであいつがおれで状態である。こうなると蘇ったところで素直に喜べない。どちらかというと不幸な蘇生譚、お届けします。
馬場紀衣

柄本 佑スペシャルインタビュー!映画『木挽町のあだ討ち』――不自由を喜びながら、今の自分で時代劇を演じる。

2月27日から全国公開される、映画『木挽町(こびきちょう)のあだ討ち』。原作は、直木賞・山本周五郎賞をW受賞した永井紗耶子さんの傑作時代小説です。映画公開を前に、主人公の加瀬総一郎を演じる柄本 佑さんに、作品への思いを聞きました。

時代劇が好きだからこそ語る、時代劇の魅力と難しさとは。
塚田史香

アイロンに漂白、オーガニック石鹸。江戸の洗濯事情を洗いざらいご紹介

衣服の重要性を説いた見事な表現に「衣服は身のおもてなり」という言葉がある。私が考えたわけではなく『大和俗訓(やまとぞくくん)』という本に書いてあった。著者は儒学者、貝原益軒(かいばらえきけん)。彼はこうも書いている。「正しからざる服著(ふくき)たるは、心の内見えてはづかし」さすが学者なだけあって、立派なことをいう。垢のついていない、洗濯された清潔な服を着ることは、じつはそれ以上に大切な意味があるのだ。

この本が書かれた江戸時代、じつはすでに石鹸もあればアイロンもあった。いったい江戸の人たちは、どんな洗濯をしていたのだろう。すこし様子を覗いてみよう。
馬場紀衣

UFO、犬の霊、不義密通…!?江戸庶民が熱狂した「かわら版」を深掘り解説!【後編】

江戸時代に大衆に大人気だった「かわら版」とは、真偽不明の情報を発信する現在でいうゴシップ誌やSNSのような存在だったことは前回紹介した。第2回目では現存するかわら版の中から、当時話題になったもの、極めてユニークなものなどを厳選し、「珍かわら版コレクション」と題して解説する。
小林明

江戸にもあったフェイクニュース?「かわら版」に見る、現代と変わらぬ庶民の関心事【前編】

江戸の町をにぎわせた「かわら版」は、今でいえばゴシップ誌やSNSのような存在だった。心中・不義密通から怪異事件、さらに荒唐無稽な作り話まで、庶民は驚き、笑い、夢中になった。低俗と蔑まれつつも人々の好奇心を満たし、時代の空気を伝え残したかつてのメディアの歴史を解説する。
小林明

「武士道とは死ぬことと見つけたり」の意外な意味とは?時代背景や原文、知っておきたい『葉隠』の名文も紹介

「武士道とは死ぬことと見つけたり」。アニメ『ガンダム』のミスター・ブシドー (グラハム・エーカー)の名ゼリフで、ゲーム『サムライスピリッツ』でも使用されているフレーズです(サムライスピリッツでは「修羅道とは倒すことと見つけたり」と続きますね)。 これらの元ネタとも言うべき作品が存在するのはご存知でしょうか? 山本定朝(やまもと つねとも/じょうちょう)の言葉を田代陳基(たしろのぶもと)がまとめた『葉隠(はがくれ)』と、「死ぬことと~」の本当の意味をご紹介します!
あきみず

大河『べらぼう』を彩った絵師や戯作者たち。蔦重亡き後の成功と波乱の人生とは

NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺』の主人公・蔦屋重三郎は寛政9(1797)年5月6日に没した。風雲児を失った江戸の出版は停滞すると思いきや、蔦重から知己を得た仲間たちが、次の世代の担い手となっていく。ここでは山東京伝・曲亭馬琴・十返舎一九・喜多川歌麿が、蔦重亡きあと、どのような活動を展開し江戸文化を彩っていったかを振り返りたい。
小林明

夜な夜な息を吹き返す死者たち。恐ろしき日本版ゾンビの物語

人は死んだらどうなるのだろう。魂の行方はいざ知らず、肉体は朽ちていずれ骨になる。死、それは肉体の終焉である。……ほんとうに?
その死体、もしかすると息を吹き返すかもしれない。そんな恐怖から生まれたのが生ける屍、つまりゾンビである。今回紹介するのは腐った肉体で動きまわる、日本のゾンビたち。
馬場紀衣

歌舞伎にもなった江戸の刃傷事件「伊勢油屋騒動」。一夜のすれ違いが生んだ惨劇とは?

寛永八(1769)年五月四日の夜。遊郭「油屋」にて九人が立てつづけに刀で斬られ、うち三人が死亡。犯人は自殺。事件からわずか十日後、事件は芝居になった。巷でたちまち評判となった、その名も「伊勢油屋騒動」。
その夜、油屋ではいったいなにが起こっていたのか? 犯人の動機は? 被害者はなぜ殺されたのか? 恋に嫉妬に狂った男が引き起こした残忍な事件を紐解いてみよう。
馬場紀衣

曲亭馬琴も参加!珍品を愛でる江戸の文人サロン「耽奇会」へようこそ

古いものには筆舌に尽くしがたい魅力がある。そのものに刻まれた歴史が、隠された物語が、目には見えない不可思議な力となって人を夢中にさせるのだ。それが世にも珍しいものなら、なおさらだ。

江戸時代、珍品奇物を持ちよって論評しあう「耽奇会(たんきかい)」という集まりがあった。古物好き珍品好きにとっては夢のようなサロンである。しかも参加メンバーは時代を代表する文化人ばかりときている。あぁ、私もぜひ参加したい!
馬場紀衣

蔵書数日本一!曲亭馬琴や坪内逍遥も通った名古屋の貸本屋「大惣」とは?

大河ドラマ『べらぼう』もいよいよ終盤である。ところで吉原での蔦重の出発点は貸本屋だったことを覚えているだろうか。衣紋坂(えもんざか)から吉原大門へと続く五十間道にあった蔦屋を間借りして商売を始め、後に日本橋で耕書堂を開いた。

貸本屋では本屋で購入するよりもはるかに安く本をレンタルでき、江戸時代の人々の旺盛な読書欲を満たしていたのである。

全国各地に存在した貸本屋の中でも特に有名なのは、尾張名古屋にあった「大惣(だいそう)」である。蔵書数日本一とされる貸本屋で、たいへん多くの顧客を持ち、うわさを聞いてはるばる江戸から訪れる著名人もいた。

だがその実態は本屋ほどには知られていないようだ。

本の流通拠点として出版文化の発展に大きく貢献した貸本屋の真相に迫る。
里山企画菜の花舎

幻の絵師・写楽2作品を三重県石水博物館で再発見! 伊勢商人が守った江戸の宝

大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』では、いよいよ喜多川歌麿、葛飾北斎に続き、幻の絵師、東洲斎写楽(とうしゅうさいしゃらく)が登場。10か月の間に145点の浮世絵を制作したといわれる写楽ですが、絵師としての期間が短いため、現存する作品も少なく、本物は希少と言われているのです。そんな中、なんと三重県津市にある石水博物館の施設で2作品が再発見され、話題を集めています。海外に流出してしまった浮世絵が多い中、なぜ国内の、それも伊勢の商家に眠っていたのか。その謎を探るべく、石水博物館を訪ね、学芸員の龍泉寺由佳(りゅうせんじゆか)さんにお話を伺いました。
黒田直美

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4,5月号2026.02.28発売

美の都・京都で出合う うるわし、工藝

※『和樂』2026年4・5月号 美術展カレンダーに誤りがありました。P.224で紹介しました、福岡県・久留米市美術館で開催中の「美の新地平ー石橋財団アーティゾン美術館のいま」の入館料は、正しくは一般1,500円となります。お詫びして訂正いたします。
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