息子は岡本太郎、妻は岡本かの子。大正~昭和のスーパースター漫画家・岡本一平の生涯を追う
大正から昭和初期にかけて一世を風靡(ふうび)し、「総理大臣の名は知らなくとも、岡本一平の名を知らぬ者はいない」とまで言わしめた男。妻は歌人で小説家でもあった岡本かの子、息子は1970年の大阪万博の際、シンボルである「太陽の塔」を制作した芸術家・岡本太郎である。まさに芸術家一家の大黒柱であり、時代のスーパースターだった。
しかし、現代においてその名はほとんど忘れ去られ、かの子や太郎について語られることはあっても一平が話題にのぼることはほとんどない。彼はいったいどんな人物だったのか。いろいろな人々の言葉や視点を借りながら、その生涯をたどってみた。

